流れる雲に君を問う

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 まあいい。久しぶりに会えたのだ。こんな暑い時に昼寝なんかしているから、きっと記憶を失ったのだろう。そういうことにしておく。 「私、今日は坂ダッシュするんで。タイムとか計らなくていいですから。邪魔しないで下さいね」  練習を始める前に、スマホを操作している先輩に向かって釘を刺す。すると、 「えっ……、ダッシュだって?」  先輩はぎょっとして手を止めると、私の顔を穴が開くほど見つめた。  険しい表情にうろたえるより先に、体温が急上昇していく。強制的に目を防ごうかと両手を上げたとき、先輩が問いを重ねた。 「そんなに激しい運動をして、体は大丈夫なのか?」 「え」  意外な言葉に、今度は私が見つめ返す。  とっさに浮かんだのは、自分の部屋の映像だ。子供の頃の私は体が弱くて、めったに外に出ることができなかった。部活をするようになってからは体力がつき、今では普通に生活できるようになったが、そんなこと、先輩が知るよしもない。きっと先日、熱中症になりかけたことを言っているのだろう。 「ああ、はい。ちゃんと水分はとりますから」  そう一言告げて、準備体操にうつる。しかし、先輩の心配そうな視線がむき出しの肌に突き刺さった。 (李果といい先輩といい、心配性なんだから……)  仕方なくウォーミングアップを途中で切り上げて、目星をつけていた練習場所に移動した。公園と空港をつなぐ階段の脇に備え付けられたスロープの勾配が、ちょうどよい角度なのだ。しかも、先輩のいる木陰から遠い。  しかし、私の練習中、先輩は飽きもせずにこちらを注視していた。それだけならまだしも、休憩をするたびにあれこれと話しかけてくる。  具合悪くないか。どこか苦しくないか。もうその辺でやめたらどうだ。  私は呆れて溜息をついた。 「……先輩。今日は一段と心配性ですね。大丈夫ですってば」 「でも、部活は部活でちゃんとやってるんだろ。練習過多なんじゃないか?」 「余計なお世話です」  それ以上は聞こえないふりをして、私は練習に戻った。  心配されるのは苦手だ。よく知らない人からのそれはなおさらだ。  やっぱり、練習は一人の方がはかどる。先輩に会えて安心しただけでなく、嬉しさまで感じてしまったのはきっと気のせいだ。  けれど、練習場所を変える気はすでになくなっていた。
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