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「……は?」
目が点になる。突拍子もない言葉を紡ぎ出した先輩を、思わず正気かと疑ってしまう。
先輩はそんな私を見て苦笑した。
「まあ、そんな顔する気持ちも判るよ。パラレルワールド、別名、並行世界。世界は無数に存在していて、誰かが何かを選択する度に、分岐して無限に増殖していくっていう考え方」
「……」
聞いたことだけなら、ある気がする。
私達が存在している世界以外にも、同じような世界がたくさん存在している。それぞれの世界は、他の世界とちょっとずつ違っていて、例えば、ここでは私は陸上部に所属しているけれど、他の世界では李果のように美術部に入っていたり、もしくは、男子だったりするかもしれない。可能性の数だけ存在する。それが、パラレルワールド。
でもそんなの、フィクションだろう。大体、それが事実かなんてどうやって証明するのか。
「もしそういう世界が存在するとしたら、一応説明は付くんだよ。君が会った他の俺は、違う世界の俺だった。つまり、君が相原向貴だと思っていた人間は、いろんな世界の俺の寄せ集めだったってこと」
「そんな……」
混乱する私に向かって、先輩は優しくほほえんで付け足した。
「変だとは、思わなかった?」
「……それは……!」
変だとは、思った。だって、毎回、私とは初対面のような反応をした。
正直、あれは少し傷ついた。だから、先輩が忘れっぽいから仕方ないのだと、無理矢理思い込んでいたのだ。
しかし、本当に初対面だったとしたら。
「……でも、それじゃあ、やっぱりおかしいですよ。先輩は、いつもあの公園にいたし、持っている本も同じでした! 違う世界っていうなら、そこまで同じっていうのは変でしょう!?」
「……いつも、あそこに?」
先輩はそこで虚を突かれたような顔をした。初めて見るその表情に気をとられ、そして違和感に気づく。
(あれ? ……待って。この世界の俺……って何?)
ぎょっとして、辺りを見渡す。体育館。校舎。グラウンド。部室……。
どこも見覚えがある。そして、どこも、微妙に違和感がある。
先輩が私の様子に気がついて説明してくれる。
「きっと、君が会ったのはここと近しい世界のやつなんじゃないかな。ほとんど同じだけど、些細なところが違うんだ。だから、君が会っていないだけで、俺がそこにいない世界だって――」
「ま、待って下さい!」
焦燥感に駆られて、先輩の言葉を遮った。
「さっき、先輩、言いましたよね。この世界の俺――って。……その言い方だと、ここは……」
「――うん」
先輩は気遣わしげに私を見やると、少し固い声音で言った。
「多分ここは、君がいた世界じゃない。君はきっと、何かの拍子でこっちに紛れ込んでしまったんだろう」
「――……」
(私の、世界じゃない?)
「この世界にも、君と同じ存在がいるんだ。君じゃない、笹井雪花がね。実は、君と初めて会った日にケータイで確認をとった。すぐに返事が来たよ。君がウォーミングアップをしてた間にね」
停止しそうになる頭を、必死ではたらかせる。ここは、私の世界じゃない。だから、陸上部に私のロッカーがなかった。
私じゃないもう一人の私が、存在している世界。
――だから、ドッペルゲンガーだったのだ。
先輩に会うたびに聞かれた。確認された。
私が、彼の知らない、笹井雪花だったから。
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