流れる雲に君を問う

21/36
前へ
/36ページ
次へ
「……は?」  目が点になる。突拍子もない言葉を紡ぎ出した先輩を、思わず正気かと疑ってしまう。  先輩はそんな私を見て苦笑した。 「まあ、そんな顔する気持ちも判るよ。パラレルワールド、別名、並行世界。世界は無数に存在していて、誰かが何かを選択する度に、分岐して無限に増殖していくっていう考え方」 「……」  聞いたことだけなら、ある気がする。  私達が存在している世界以外にも、同じような世界がたくさん存在している。それぞれの世界は、他の世界とちょっとずつ違っていて、例えば、ここでは私は陸上部に所属しているけれど、他の世界では李果のように美術部に入っていたり、もしくは、男子だったりするかもしれない。可能性の数だけ存在する。それが、パラレルワールド。  でもそんなの、フィクションだろう。大体、それが事実かなんてどうやって証明するのか。 「もしそういう世界が存在するとしたら、一応説明は付くんだよ。君が会った他の俺は、違う世界の俺だった。つまり、君が相原向貴だと思っていた人間は、いろんな世界の俺の寄せ集めだったってこと」 「そんな……」  混乱する私に向かって、先輩は優しくほほえんで付け足した。 「変だとは、思わなかった?」 「……それは……!」  変だとは、思った。だって、毎回、私とは初対面のような反応をした。  正直、あれは少し傷ついた。だから、先輩が忘れっぽいから仕方ないのだと、無理矢理思い込んでいたのだ。  しかし、本当に初対面だったとしたら。 「……でも、それじゃあ、やっぱりおかしいですよ。先輩は、いつもあの公園にいたし、持っている本も同じでした! 違う世界っていうなら、そこまで同じっていうのは変でしょう!?」 「……いつも、あそこに?」  先輩はそこで虚を突かれたような顔をした。初めて見るその表情に気をとられ、そして違和感に気づく。 (あれ? ……待って。この世界の俺……って何?)  ぎょっとして、辺りを見渡す。体育館。校舎。グラウンド。部室……。 どこも見覚えがある。そして、どこも、微妙に違和感がある。  先輩が私の様子に気がついて説明してくれる。 「きっと、君が会ったのはここと近しい世界のやつなんじゃないかな。ほとんど同じだけど、些細なところが違うんだ。だから、君が会っていないだけで、俺がそこにいない世界だって――」 「ま、待って下さい!」  焦燥感に駆られて、先輩の言葉を遮った。 「さっき、先輩、言いましたよね。この世界の俺――って。……その言い方だと、ここは……」 「――うん」  先輩は気遣わしげに私を見やると、少し固い声音で言った。 「多分ここは、君がいた世界じゃない。君はきっと、何かの拍子でこっちに紛れ込んでしまったんだろう」 「――……」 (私の、世界じゃない?) 「この世界にも、君と同じ存在がいるんだ。君じゃない、笹井雪花がね。実は、君と初めて会った日にケータイで確認をとった。すぐに返事が来たよ。君がウォーミングアップをしてた間にね」  停止しそうになる頭を、必死ではたらかせる。ここは、私の世界じゃない。だから、陸上部に私のロッカーがなかった。  私じゃないもう一人の私が、存在している世界。  ――だから、ドッペルゲンガーだったのだ。  先輩に会うたびに聞かれた。確認された。  私が、彼の知らない、笹井雪花だったから。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加