流れる雲に君を問う

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「こっちの世界の君は、今年の初めに引っ越したんだよ。多分、町並みも少し違ってただろ?」 「…………」  何も答えられなくなった私を気遣うように、先輩は一度口を閉じた。私の理解が追いつくのを待ってくれているのだろう。けれど、思考が麻痺してしまったのか、何の反応も返せない。 「……まあ、いきなりはショックだよな」  先輩は溜息をつくと、私の背中をなだめるようにさすり始めた。咳き込んでいるわけでもないのになぜそんなことをするのか。 「……わけが、わかりません」  触らないでと言おうとしたのに、予定外の言葉が口をついて出た。行き場がなくてぐるぐるまわっていた感情が、背中を押されて出てしまったのかもしれない。一度声に出してしまうと、考える間もなく、次々に言葉があふれて出る。 「私の世界じゃないなんて、そんなわけないじゃないですか……。だって、外国でもないし、違う時代でもないし、学校だって同じだし……! そんなの、夢だとか、私の記憶がおかしいんだって、そう言われた方が信じられる……!」 「……うん」 「さっきまで、ただ陸上の練習してただけなんです! もう、時間が無いんです! それなのに、どこでそんなことになったって言うんですか!」  八つ当たりだとわかっていたが、堰を切ったように出てくる言葉を止められない。先輩が何も言わないのをいいことに、私は口が動くにまかせてしゃべり続けた。  先輩と初めて公園で会った日のこと。陸上のこと。病気のこと。今日のこと。  無意識に原因を探していたのかもしれない。ここ最近の出来事や考えたことを全部はき出したら、幾分か気分が落ち着いた。先輩は私のとりとめのない話を聞き終えた後、ぽつりとつぶやいた。 「問答雲……」 「……え?」 「いや、君の話を聞いていて、ちょっと気になったんだ。空港で俺と会ったときって、いつも問答雲が出てたのかな?」 「それは……」  どうだっただろうか。  雨が降る予兆と聞いて気にはしていたが、それと先輩と会った日を結びつけて考えたことはなかった。 「……覚えて、ないです。何回か見た気はしますけど、毎回かって聞かれたら、ちょっと……」 「そっか。まあ、そうだよな。……ああ、そんな気にしなくていいよ。ただ、俺が君と会ったときは、二回とも問答雲が出てたんだ。だから、君の方でもそうだったら、一つ仮説が立てられる」 「仮説、ですか?」  先輩は頷いてから、灰色の空を見上げる。 「問答雲の説明は俺がしたんだよね? 違う高さの雲が、違う方向に流れていく。高さと方向がずれている雲。――だけど、もし、ずれているのが雲ではなく、世界そのものだとしたら……」  重く立ちこめる雲を透かして、その向こうにあるはずの青い空と、白く輝く重なりを見つめる。  あのときの雲は、高さも流れる方角も、本来は同じものだった?  それがずれて見えたのは、世界がずれていたせい? 「例えばの話。問答雲がすれ違う角度分だけずれた、二つの世界があるとする。その別の世界が、問答雲が現れるわずかな時間だけ……、いや、逆か。二つの世界が、なんらかのきっかけで一瞬だけ交わるんだ。そしてその証が、問答雲かもしれない。一方向に流れる雲が、二つの世界が交わる瞬間だけ交差する。重なり合って見える。……そして、それは雲だけじゃない」  重なり合うのは、雲だけでなく。  そうやって――、違う世界の、二人が出会った。  その結果がこれだとしたら。
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