流れる雲に君を問う

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 ……先輩の言わんとしていることはわかった。 「すみません。先輩を疑ってるとかじゃないんです。でも……」  それでもまだ、信じられない。  というより、信じたくないのだ。  きっと、決定的な何かがない限り、私の心は抵抗し続ける。 「そうだ……! 誰かに、会わせてもらえませんか?」 「…………」  私の思いつきに対して、先輩は視線だけをこちらに寄越した。 「絶対、あり得ない誰か……。ああ、私なら! こっちの私と会えたら、さすがに信じられると思います」  良い考えだと思った。けれど、先輩はあっさりと首を横に振った。 「悪いけど、それはできない」 「ど……、どうしてですか!? だってさっき、私とケータイでやりとりしたって」 「不可能って意味じゃないよ。そうじゃなくて、危険なんだ。君は、ドッペルゲンガーのことは知らないんだったね。都市伝説みたいなものだけど、自分と生き写しの人間のことをそういうらしい。そして、それに出会ったら、近いうちに死んでしまうって説がある。今まではそんなの眉唾だと思ってたけど、実際君に会ってしまうと、その可能性もなくはないだろ?」  愕然とする。  先輩は、この世界の雪花が死ぬ危険があるから、私とは会わせられないと言っているのだ。  考えてみれば当然だ。先輩と私は、文字通り住む世界が違う。先輩の世界には、先輩の世界の私がちゃんといる。誰が考えたって、私よりそっちを優先する。  それなのに、先輩に断られたことにショックを受けている自分がいる。  いつの間に私は、こんなにも、先輩に甘えていたのだろうか。 「あ、あはは……。私、情けないですね……。なんだかんだ言って、全部、先輩に頼りっぱなしで」  声が震えてしまった。  あれ以来、誰にも頼らないでやってきたのに。これ以上みんなに迷惑かけないように、一人で頑張ってきたのに。  こんなにもろい。一瞬で崩れてしまう。ちょっと優しくされただけで。 「勘違いしてしまいました。先輩はただ、私がここで余計なことしないように、監視してただけだったのに……!」  先輩をなじるような言葉が勝手に口から出てしまう。こんなこと、言いたくないのにとまらない。  先輩が眉根を寄せた。 「雪花。違う」  何が違うというのだろう。彼が「雪花」と呼ぶとき、思い浮かべているのはきっと、私ではない、私なのに。 「やめてください。これ以上、勘違いさせないで」 「落ち着いて。どこへ行くつもりなんだ」 「元の世界に帰るんです。当たり前じゃないですか!」  帰り方なんてわからない。けれど、自分一人でどうにかする。今までだって、そうしてきたのだから。  とにかく、これ以上先輩の側にいてはだめだと思った。  しかし、きびすを返して歩き始めたとき、頭を、ガン、と殴られたような衝撃が襲った。  視界が大きくぶれる。体が内側から強引に裏返されるような圧倒的な不快感に飲み込まれ、意識が急激に薄れていく。 「雪花? ――雪花……!」 (私に何が起こっているの……?)  ――その問いは声にならず、私は意識を手放した。
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