流れる雲に君を問う

24/36
前へ
/36ページ
次へ
 ……笹井さん。笹井さん。  暗闇の向こうで、かすかに名を呼ぶ声がする。  聞こえている。けれど、声が遠くて、誰なのかわからない。返事をしなければと思うけれど、声が出ない。 「――笹井さん。聞いてる?」  少し声が大きくなった。ああ、誰かと思ったら陸上部の先輩だ。 「トラックからどいてくれる? あの子達に、本番に近い形で練習させてあげたいから」  四月に入ってきたばかりの新入部員。その中には、高校から初めた初心者の子もいる。彼女たちはみるみる実力を開花させ、あっというまに私のタイムを追い抜いていった。  道具の使い方。ストレッチの仕方。みんな、私が教えてあげた。  それなのに、もう、教えてあげられることは何もない。 「だって、笹井さんは体力作りが目的なんでしょう?」  頷いたそれが言い訳でしかないことは、他の誰よりも自分自身がよくわかっている。  でも、肯定しなければ、周りが気を遣う。みんなの前で頑張れば、さらに気を遣わせてしまう。  だから、本当はみんなに追いつきたいという、本音を押し殺している。  苦しみを押し隠して、がむしゃらに練習を繰り返す。私は人一倍努力しなければ、人並みにはなれないから。  だから、なのかもしれない。  一人で苦しむのに疲れた。だから、逃げ込んだ。  自分の世界から、別の世界へと――……。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加