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「……そういえば、先輩は、何でこっちの私のこと、知ってるんですか。私は、私の世界の先輩のことなんて全然知らないのに」
そう聞くと、先輩は「保健室仲間だったから」と言って笑った。
「彼女、調子がいいときは保健室に来てたからね。俺の方は、昼寝をしに。あそこ、昼寝にちょうどいいんだよな。このベンチもだけど」
「ああ、だからこの場所も知ってたんですね」
なぜこんな穴場をと思っていたが、もともと先輩のお昼寝スポットだったと知って納得する。
保健室に顔を出せないわけもそれだ。彼も笹井雪花も、養護教諭と顔なじみなのだろう。健康的に日やけした陸上部姿の私を見たら、いぶかしく思われるに違いない。この世界の私はきっと、雪の花の名前の通り、透き通るほど肌が白いはずだから。
「君と彼女は別人だけど、やっぱり似てるよ。君たちは、強い人だから」
「…………」
こっちの笹井雪花を、想像する。
あの何一つ思うようにならない日々を、彼女は今もすごしているのだ。
世界の全てが自分の部屋の中で完結し、ものの色さえ実感を伴わない生活を。窓から眺める平坦な空だけが、外を感じられる唯一のものだった毎日を。
二度と戻りたくない。けれど、同情は要らない。自分の事だから、よくわかる。
ままならなさにイラだって、耐えて、頑張って、それでもダメで、時々絶望して――。それでもまだ諦めきれずに前を向く。
だって、それしかできないから。諦めないことしかできない。
「強いわけじゃないですよ。きっと」
彼女も。私も。
ただ、みんなが持っている青空を、こうやって手にしたかっただけ。
「……そうかな」
「はい」
立ち上がり、静かに空を見上げる。空を覆う雲が薄くなったのか、周囲が少し明るくなっている。
先輩も立ち上がって、首をわずかに傾けた。
「ところで、体調はどう? ……顔色は、あんまりよくなっていないみたいだけど」
「……大丈夫、だと思います」
さっきから自分なりに確認していたのだが、どこも変なところはなかった。あれほど強烈だった不快感が、嘘のように消えている。
熱中症でも、疲れからくるものでもなさそうだった。今までに経験のないものだったが、今はすっきりしている。むしろ休んだおかげで調子はいいくらいだ。
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