流れる雲に君を問う

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「それより、ふとした疑問なんですけど」  今は気にしても仕方ないだろうと思い、話題を変えた。 「先輩の話が本当だとしたら、私達の世界って、しょっちゅう他の世界と重なってるってことですよね。実際、先輩には毎日のように会えたわけだし。でも、だったら、ちょっと変じゃないですか? だって、あの公園にはこっちの先輩はいなかったけど、実際、同じ場所にいるときだってあるわけでしょう? そうしたら、絶対もう一人の自分に会ってるはずじゃないですか」 「……あー、そう言われればそうだな」  先輩はちょっと考えるそぶりをした。 「まあ、想像してみるに、自分に完全にかぶってる状態だったら、その姿は見えないよな。問題は、ちょっとずれてるとか、違う行動取っている場合だけど、例えば、自分が二人いるはずはないから、無意識のうちに目の錯覚として片づけているとか。ほら、目って、現実をあるがままに写しているように思えるけど、実際は脳で処理した後の映像を見てるだろ」  同じ色なのに組み合わせる色によって別の色に見えたり、同じ長さの線でも、その両端にくっつける図形の形や向きによって、違う長さに見えたりもする。 「そうやって、本当は日常的に現れているのに、俺たちには見えていないだけかもしれない」 「えっ……、それってつまり、見えていても見えないって思い込めば、実際に見えなくなるってことですか?」  光明が見えた気がして、勢い込んで先輩に迫る。 「だったら、こっちの世界を見えてないと思い込めば、元の世界に戻れるんじゃ……!」 「ええ? いや、それはどうかな。そうだとしても、すでに見えているものを否定するのって結構難しいぞ? しかも君の場合、見えてるだけじゃなくて、色々触ったり会話したりして、存在をより確固たるものにしているというか」  そう言った後、先輩が独り言のように付け足した。 「あ。そう考えると、君がこっちの世界に入り込んじゃったのは、俺と会話したからとも考えられるな……」  ――先輩と会話? (初めて先輩と会話したのはいつだったっけ……)  確か、私が独り言のつもりで言った言葉に、先輩が返答したのだった。  そういえば、声を聞くまで、私は先輩を認識していなかった。 「……じゃあ、全部、先輩のせいってことですか!?」 「いやいや。憶測だよ憶測。……でも、そうか。やぶ蛇だったな……」  先輩が大げさに天を仰いでみせたので、私は思わず吹き出した。  まだ可能性の段階だが、元の世界に戻れる糸口が見つかって驚くほど気が楽になった。それと同時に、心に冷たく重いものがのしかかり、ゆっくりと冷えていく。  ――元の世界に帰ること。それは、先輩と別れることでもある。  そうしたら、また会えるのだろうか。  それとも……。 「――雪花?」 「な、なんでもありません」  先輩が顔をのぞき込もうとしてきたので、私は思わず顔をそらした。  帰れるかもしれないとわかったとたん、もう少しこうしていたいと思ってしまった。そんなこと、私を帰すために頑張ってくれている先輩に言えるわけがない。
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