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まただ。
二回目で慣れたのか、気絶するほどではなかった。歯を食いしばり、かろうじて動く指に力を入れて、先輩の腕にしがみつく。
「すみ、ません……! 突、然、なんか……」
「しゃべらなくていい。さっきよりだいぶ顔色が悪い」
先輩は私をコンクリートの地面にそっと下ろすと、私の鞄からタオルを出して床に敷いてくれた。私はそこに崩れるようにして横たわった。船酔いにも似た強烈な不安定感に、目を開けているのもつらくてまぶたを閉じる。
私の体は、一体どうしたのだろう。違うと思ったけれど、やっぱり疲れのせいなのだろうか。
「雪花」
名前を呼ばれて、のろのろと顔を上げる。タオルを出した後も鞄の中身をあさっていた先輩と、目が合った。
「実験してみよう。この鞄、借りるよ」
「え……?」
真剣な表情に不安になる。その実験で何がわかるのだろう。まだ、決定的な答えを受け入れる心の準備はできていない。
「ま、待っ……て……」
けれど、引き留める声は先輩に届かず、彼は鞄を乾いた地面に置くと、私の側に戻ってきた。
「君はそのまま寝てていいよ。鞄は君の世界の物だし、きっと、同じ世界の君の視線は問題じゃないと思うから」
そう言って、先輩は鞄に背を向けた。さらに、目をつぶってしまう。
迷ったが、鞄が見える位置にずりずりと体を移動させた。視界がまだ万全ではなく、鞄がぼやけて見える。
けれど、目を逸らすつもりはなかった。息を止めるようにして、じっと鞄を見つめ続ける。
一分。
二分。
途中、耐えられなくなって、先輩のシャツの裾をぎゅっと握る。
先輩の視界から外れているのは鞄だけではない。私もだ。まだ、先輩と離れる覚悟はできていない。こんなかたちで、別れたくない。
一縷の希望にすがる気持ちで、震える指に力を入れた。
……体感で五分くらい経った頃だろうか。
頭を持ち上げていることに疲れ、力を抜くとともにちょっとだけ休もうと目を閉じた。
少し長めのまばたきのようなもの。だから、次に目を開けたとき、そこから鞄だけがなくなっていることが、すぐには信じられなかった。
「せ……っ、先輩。先輩!」
切羽詰まって連呼すると、先輩はすぐに目を開き、体を鞄があった方角に向けた。そして、目的の物が消えていることを、驚くこともなく、静かに受け入れた。
「消えた、な……」
徐々に、ではなく、一瞬で。あっという間の出来事だった。
念のため、自分の体を確認する。体のどこも消えていないし、隣には変わらず先輩がいる。
いつの間にか、頭痛も気持ち悪さも治まっていた。上半身を起こすと、先輩が背中を支えながら説明してくれる。
「これで、一つはっきりしたよ。原因は、君なんだろう。この世界につなぎ止められている理由は君にあって、自転車も鞄も、君から離れたから元の世界に戻った」
「……私が、原因……?」
空港から家に帰ったときも、部室で髪を乾かしていたときも、先輩とは五分以上離れていた。本来なら、その時自分の世界へ戻れたはずだった。
鞄や自転車が、私の手から離れたとたん、向こうの世界へ戻ったように。
「君、何かいつもと変わったことしなかった?」
「し……してません」
慌てて首を横に振る。先輩の張り詰めたような表情が、不吉な予感を募らせていく。
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