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「……本当に、戻れると思いますか? 自転車も、鞄も、ちゃんと戻れたんだと思いますか?」
「そう思うよ。証明はできないけどね。でも、さっき言っただろ。初めて君に会ったときに、どんな風に君が消えたか。俺は見てなかったけど、君の鞄が消えたときも、そんな感じだったんじゃないか?」
尋ねられて、私はこくりと頷いた。鞄から意識と視線を逸らした瞬間、鞄は消えた。まるで最初から何も存在しなかったかのように。
先輩は私の視線は関係ないと言ったけれど、観測している人が一人でもいれば、その目の前で消えることはないのかもしれない。
「だろ? だから、きっと大丈夫だ。それ以降も、君はこうしてぴんぴんしてるんだから」
そう言って、先輩は笑った。私が無事に帰れることを確信したのだろう、晴れ晴れとした表情に見えた。
私も、もちろん嬉しい。けれど……。
どうしてこんなに、悔しいんだろう。先輩が憎たらしくて、仕方ないのだろう。
先輩の手にこれを乗せるだけで、このおかしな現象から逃れられる。
――けれど、どうしても手の力を緩めることができず、私は回れ右をして地面を蹴った。
「雪花!?」
先輩に背を向けて走り出す。何をしようとしたわけではない。ただ、少しだけ、結論を先延ばしにしたかったのだ。
「雪花……! 何のつもりなんだ?」
迷いのある走りで先輩を引き離せるわけがない。あっという間に追いつかれて、校舎の壁に追い詰められた。
私のわけの分からない行動に、先輩は戸惑っているようだった。
私だって、先輩を困らせたいわけではない。彼が私のことを真剣に考えてくれていることはわかっているのだ。私のためだからこそ、決して譲ることはないだろうということも。
それでも、先輩の迷いのない言葉は私の心をえぐった。
「どうして、そんなに簡単に、帰れなんて言えるんですか……」
一度会えたのが偶然で、二度会えたのが奇跡なら。
三度目はないかもしれないのに。
そう思ってしまったら、体が言うことを聞かなくなった。心が、理性に逆らって逃げ道を探してしまう。
どうしても、握りこんだ指が、開くことを許さない。
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