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あっさりと告げられた言葉に絶句する。そんな私に気づかず、先輩は空を見上げた。
いつも、飛行機が飛んでくる方角を。
「と言っても、全然迷わなかったわけじゃないけど。眼鏡にするか、コンタクトにするかとか。今日はどこで昼寝するかとか。あとは――」
「――もういいです!」
またからかわれている。先輩の手のひらにぶつけるように、右手を振り下ろした。先輩は校章を受け取ると、微笑を浮かべた。
「ありがとう。……君は俺が呼んでしまったのかもしれないから。だからこそ、無事に返さなくちゃいけないんだ」
大切な、彼の雪花のためにも。
先輩が声にしなかった言葉が、頭の中で勝手に再生される。
これでいい。これで、きっぱりと別れられる。
未練なんて木っ端微塵にして、私の背中を強引に押す。
先輩は気づいてくれたのだろう。私の欲しい言葉をくれた。私のことを、こんなにもわかってくれる先輩だからこそ、余計苦しいというのに。
雲間から明るい光が差し込んだ。いつの間にか、重たい雲がいくつかに分かれ、隙間の向こうには白みがかった空が広がっている。
右手をひっこめようとしたとき、先輩がそれを優しくつかんだ。
「――俺はさ、君のそういう、まっすぐなところも好きだよ」
はじかれたように顔を上げると、まっすぐ見つめる柔らかい瞳と目が合った。先輩は続ける。
「真面目で潔癖なところも好きだ。当たり前のように努力できるところも。自分がしてもらったことをずっと覚えている律儀なところも。こんなことにでもならない限り、弱音を吐かないところも。そんなときでも、絶対に自分から逃げないところも。……だから、そんな君に頼りにされたとき、自分を誇らしく思ったよ」
先輩の言葉が、すとんと胸の奥に落ちていく。その拍子に、我慢していた涙があふれてしまう。
「先輩。それ……、私に言ってますよね」
「うん。本人に言ったら殴られるからね」
それはのろけか。当てつけか。
……いいや、違う。はなむけだ。
彼女と似ている私への。先輩のいない世界へ帰る、もう一人の雪花への。
「……最悪です。先輩は、やっぱりタラシですよ。彼女以外に優しくするなんて」
二つ、三つ。予定調和みたいなやりとりをして、それでさよならするはずだったのに。
先輩の前で、涙なんて流したくなかったのに。
「おいおい。さっきと言ってること違ってないか?」
先輩は、そっと私の目元を拭ってから、つかんでいた右手を離した。それから、私の視線を促すように上空を指さす。
「あれは知ってる? ほら、彩雲って言って、雲が虹色に見えるんだ。吉兆のサインだよ」
それは、二日目の先輩に聞いた。きっと美しい現象なんだろう。
けれど私は、先輩から目をそらさない。
私と先輩、両方が目をそらしたときに、私は消えてしまうから。一生忘れられないよう、先輩の姿を目に焼き付ける。
「……先輩。最後に一つ、お願いがあります」
「うん。何?」
「私、ここから走って行くので、見送って下さい」
そう言うと、先輩はしぶい顔をした。
「体調は大丈夫ですから。さっき休んだから体力は回復してるし、顔色が悪いのは、向こうに戻れば治るんでしょう?」
先輩は微妙な表情をしたが、仕方なさそうにほほえんだ。
「しょうがないな。でも、無理して走るなよ。倒れたって、そこに俺はいないんだから」
わかってます。
口にしたら全身から力が抜けそうで、私はただ黙って頷く。
最後に先輩の姿を目にも脳裏にも深く刻みつけ、背を向けて走り出した。
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