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ジャージを脱いで短パンになり、乗ってきた自転車のカゴへ入れる。今日は、二百メートルと四百メートルのタイムを計るつもりだった。
といっても、スマホのアプリを使って距離を計測し、タイマーを持ったまま走って自分で押す。練習なのだし、厳密なタイム測定は諦めている。
芝生で覆われた楕円形の小さな丘を、むき出しの土がぐるりと囲んでいる。私が練習に使っているのはちょうどトラックのようになっているそこの部分だ。小石を使ってスタートラインを引いていると、すでに存在を忘れていた男子が、慌てたように駆け寄ってきた。
「ちょ、ちょっと……、まさか、今から走る気?」
そのぶしつけな言いようにむっとする。
「なんですか。走っちゃ悪いとでも?」
つい口調がとげとげしくなると、彼は「ごめんごめん」と笑った。
「そういうつもりじゃなかったんだ。ただ、暑いから心配で。こんな時に走って大丈夫なのかなって。君、えーと……」
彼の視線がユニフォームの上をさりげなく移動する。
「君の名前、聞いていい?」
なぜ、名前を。うさんくさげな私の顔を見て、彼が吹き出した。
「あ、警戒してる? 別にとって喰いやしないって。第一、同じ学校だろ?」
「……でも、私、あなたのこと知らないし」
たとえ同じ学校だとしても、知らない人を警戒するのは当然だろう。すると、彼は驚いたように目を見張った。
「あれ。俺のこと、知らないんだ?」
どういう意味か知らないが、もしそれが「こんなイケメンの俺を」という意味ならば、今すぐその認識を正してやりたい。少なくとも、私の方に、面識は一切ない。
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