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二重の意味で頭に血が上りすぎた。
ゴール地点で荒い息を繰り返していると、先輩が歩いてきてスポーツドリンクを差し出してきた。
「俺のだけど飲む? もうぬるくなってるけど」
「け、結構です!」
自分の鞄から水筒を取り出して木陰に移動し、休憩ついでに改めて相原先輩を観察した。
(本当に何なんだろうこの人は)
高三といったら受験生だろう。だが、幹に背中を預け、不規則に形を変えていく雲を面白そうに眺める彼に、受験生特有の緊張感は感じられない。
やがて、かすかに重低音が聞こえてきた。小さな機影を視界に捉えた先輩が、ヒュウと口笛を吹いた。
「あれが最後の便だもんな。ほんと、ここって田舎だよな」
近づいてきた飛行機の轟音が収まるまで、しばらく待つ。無事に着陸するのを見届けてから、言った。
「受験生って、ずいぶん暇なんですね。こんなところで下級生に絡んでいていいんですか」
「あのね。毎日夏期講習やってるの、知ってる? 今日だって、朝からみっちりやってきたんだっての」
先輩が手の中の本を左右に振った。タイトルが目に入る。『航空整備の基礎』。背表紙のシールを見ると、図書室からの借り物らしい。
「ああ、これ? 航空整備士になりたくてね。気分転換に読んでる」
だからここにいるというのは納得だが、だったらなぜ私に関わるのだろう。同じクラスでも部活でもない初対面の男子とこんな風に座っている状況に、居心地の悪さを感じてしまう。
空が茜色に染まり始めた。今日の練習予定はこなせなかったが、切り上げる口実ができてほっとする。
「あれ? 帰るの?」
「はい」
荷物をまとめて、自転車の元へ向かう。すると、先輩もなぜか立ち上がって近づいてきた。
「待ってて。送るよ。俺、自転車向こうに置いてるから取ってくる」
「えっ? ……いいですよ! 遠慮します!」
まさかストーカーじゃあるまいな。
過剰な親切心にぞっとした私は、慌てて自転車に飛び乗り、一目散に逃げ帰ったのだった。
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