3人が本棚に入れています
本棚に追加
“人魚”との出会い
入口に出来ている列に並ぶと、海をイメージさせる青い制服を着た笑顔のスタッフが出てきて、すぐに場内へと案内される。開園直後は余裕なんだな・・・と、子供ながらに悟ってしまう。
お目当ての場所がこの先にあるんだと目をキラキラさせている姉と手を繋ぎ、案内されるシアターの中へと進んでいく。
半円状に並ぶ観客席の、真ん中あたりを確保することができた。広い舞台が良く見えて、演者からも近いだろう。とても良い位置だ。
慣れない形状の長椅子にこわごわと座ると、まだ小学生の小さい体が、フワリとしたビロードの感触に包み込まれる。
その瞬間、先程感じた、言い表せない感情が甦ってきた。
(まただ…この感じは、なんなんだろう…?)
その感情は、今から行われる壮大な世界観を現しているようだった。
キョロキョロと辺りを見回して興奮を隠せない姉を横に、私はその感情がなんなのか分からず、僅かに緊張する。
全体的に仄かな照明のシアターが、突然フッと暗くなった。次の瞬間、舞台の真ん中に、人ひとり分の幅の光が、上からギラリと通った。
(な…ん?なに?これ、なに?)
その光の柱の上部に気配を感じ、辿って見上げる。
青緑の魚の尻尾が見えた。
スパンコールの鱗をキラキラとさせながら、楽しそうに上下左右に振れている。
光の柱の中をスーッと降りてきたそれは、
紛れもなく〝人魚〟
おとぎ話の挿絵に描かれる、それであった。
(絵本の中から、飛び出した…?)
妙に冷めているくせに、まだ幼い私はその時、夢と現実の区別がついていなかった。
(なに…これ?本当のこと、なの?夢?)
目の前の幻想的な“実物”に混乱していると、姉が感極まって叫んだ。
「きゃぁぁ!マリエルー!」
その瞬間、我に返る。
そう、これは、キャラクターの動きを忠実に再現するよう外国人スタッフが演じている“人魚”。
ああ、そうだ。これはショーだ。大人達が作り出した娯楽の一種。
そう思っているのに、目が離せない。言い表せない感情が、どんどんと胸に濃く広がっていくのが解る。
(なんで? どうして? どうなってるの?)
こんな日常離れした世界が、なぜ、目の前に広がって居るのだろうか。
食い入るように“人魚”を見つめ、言い表せない感情と向き合う事に必死になり、その後のストーリーなど頭に入ってはこなかった。
亀を模したハリボテとスクリーンの映像、それと“人魚”が大袈裟に話している事だけは覚えている。
(なんで、どうして? 人魚? この世界は、一体なに?)
最初のコメントを投稿しよう!