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「いや、一回盗まれたら普通持ち歩くでしょ、鶴」
「そうなんだけど」
うまく言えないが、大切じゃないものを盗まれて対策するのも馬鹿らしく感じてしまったのだ。ごみを盗まれて怒るのは怒るほうも異常じゃないか? しかしそれが四回となると話が違ってくる。
「四回?」
「そう。仏の顔も三度までっていうから、とりあえずそれまでは我慢してたんだけど。四回だよ? 気持ち悪くない?」
「一回でも気持ち悪いし不愉快だと思うけど?」
美香は呆れたように頭を振った。
「しっかし、折り鶴なんて盗んでどうするんだろう」
「私もそれが気になるんだよ。盗まなくても、欲しいと言われたらあげるし」
どうせ衣装ケースに延々とため続けているだけなのだ。美香はよし、と頷いた。
「じゃ、捕まえて聞いてみようか」
あっさりした、軽い言葉だった。そう簡単にいくかなあ? と疑問だったが、鶴泥棒は翌日捕まった。美香の言葉と同じくらいあっさりした捕り物だった。単純に、いつものように私が鶴を置いて講義室を出る。そこへやってきた犯人を近くで見張っていた美香が捕まえる。たったそれだけ。犯人は同学年の男だった。美香に捕まったその男は、青い顔をしてマキタと名乗った。
「すみません、出来心でした」
昨日と同じ喫茶店、同じ席で私と美香はマキタと向かい合っていた。
「出来心で五回も盗む? 千佳のことが好きかすっごく嫌いかのどっちかでしょ?」
「いえ、とんでもないです!」
マキタはタオルで顔の汗をぬぐいながら答える。
「好きとか嫌いとか、そういうことじゃないんです」
「じゃあなに?」
「妹がいるんです。病気の……」
「それで?」
「妹のために、千羽鶴を……」
「妹さんの名前は?」
一瞬同情しかけた私の心を突き落とすように、マキタは黙った。そして焦ったように目を伏せる。
「妹さんの、名前、言えないの?」
美香がテーブル越しに身を乗り出す。
「い、妹は関係ないですよね」
「名前、聞いてるだけ。名前と年齢と病名」
「いや、あの……」
「妹さんの写真見せてよ。スマホに入ってるでしょ」
マキタは無言だ。汗がだらだらと流れていく。どのくらいの時間沈黙していたのか、美香も私もコーヒーを飲み終え、マキタの前のオレンジジュースだけが氷で薄まっていく。
「すみません、嘘です」
マキタはとうとう白状した。美香が大きな大きなため息をつく。
「時間の無駄すぎる。あんた鶴だけじゃなくて時間も盗むんだね」
「す、すみません」
「結局、なんで鶴盗んだんですか?」
私の問いかけに、マキタはおずおずと目を上げた。目が合う。全然知らない人だ。好かれる覚えもなければ嫌われる覚えもない。同じ学び舎で同じ分野を学んでいる、同学年の人。ただそれだけ。
「鶴を、盗んだのは……すみません、暇つぶしです」
「はぁ?」
美香が威圧感満載の声をあげる。マキタは身をすくませ小さくなろうとする。
「ありえない。なに、暇つぶしで盗みって。性根が泥棒なの?」
「す、すみません。今西さんが前、鶴を折っているのは暇つぶしだって人に話しているのを聞いて……だったら、暇つぶしに盗んでもいいかなって思ってしまいました。だから、理由とか、ないです」
「そんな理屈が通ったら警察いらないじゃん」
暇つぶしに盗みを働く人がいるんだ。私は衝撃を受けていた。
「しかもさ、千佳の折り鶴と盗みを同列に語るなんて」
「暇つぶしで理由なく、というところが一緒かな、と思いまして……」
「折り鶴は犯罪じゃないけど置き引きは犯罪だって知ってる?」
美香の言葉に、マキタはまたうつむく。私はなんだかかわいそうになる。同情する筋合いはないのだけど。
「鶴はどうしたんですか? 盗んだ鶴」
「あ、すみません、捨ててしまいました……」
「ひどすぎ」
美香が吐き捨てる。いくら暇つぶしで理由もなく作ったとはいえ、許可なく捨てられたというのはいい気がしない。マキタはすみません、とまた謝る。
「どうする? 千佳? 大学に一応言う? 置き引きだし。 鶴盗まれたなんてあほらしくて言う気もしないだろうけど」
「うーん、そうだね……今回は言わない。誰にも」
「あ、ありがとうございます!」
「でももう二度としないでください。私も鶴おいて席離れるのやめるようにしますけど」
「は、はい。ありがとうございます」
マキタは何度も何度も頭を下げた。そして全員分の支払いをすませて、足早に喫茶店を出て行った。
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