祟るは身を隠せ、と。

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晴乃(はるの)さん、お話があるのです」  1899年(明治32年)の東京。とある週末、流矢(ながれや)家女中の晴乃は昼食終わりの美砂子(みさこ)に呼ばれた。 「少し食事の片付けが残っておりますので、終わり次第お部屋の方に伺います」  晴乃は流矢家に来て十年ほどになる、もうすぐ二十歳の女中だった。女中として働き始めたのが、十歳の葉が赤く色づき始めた頃。慣れないことに泣き、苛立つことも多々あったが、そんな晴乃に流矢家のとある女中が、美砂子のお付きに指名した。  始め聞いた時は、自分に出来るはずがないと思い断りもしたが、美砂子はお付きになる前から常に晴乃のことを気遣っていた。 『わたくしに、そこまで気を遣わずとも……。晴乃さん、これからよろしくお願いしますね』  大層物腰の柔らかい人だった。歳は美砂子が五歳上で結婚してからも、美砂子は晴乃とよく出掛けた。  それは、専ら従弟──流矢太輔(ながれやたいすけ)の様子を見るためだった。  流矢家には、市井(しせい)の人々が知らない封印された過去がある。晴乃は、その話を流矢家に働くようになってから聞いた。その事件は本家で起こったことではなく、分家で起きた事。だがこの事件ことを口外してはならないと、流矢家の人々から強く口止めされていた。  晴乃は他の女中たちと食事後の片づけを行う。お付きとはいえ、何から何まで身の回りをしなくても良いという美砂子の言葉もあり、他の女中たちと共に仕事をすることも多かった。 「あっ…………」  晴乃は勝手場に向かう途中、脚を止めた。秋晴れの清々しい空に色づき始めた葉が濃くなる秋の姿を想像させる。  これは、1899年(明治32年)の冬が近い、とある日の美砂子の女中──晴乃の物語である。
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