祟るは身を隠せ、と。

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「実は、明日太輔の見舞いに行こうと思っているのです。せっかく新しい林檎も届いたことですし、貴女も一緒にお願いします」 「承知致しました」 食事の片付けが終わり、晴乃は美砂子の部屋に向かった。そして部屋に入るなり「此処よ」とソファに手招きされ、先程の話になったのだった。だが、懸念が晴乃に付き纏う。 「その……太輔様のことですが、前より体調が良くなっていればよろしいですね」 「あっ、そのことなのだけど──」 美砂子は太輔のお付き長沖安廣(ながおきやすひろ)から手紙を貰ったと話す。 「それで見舞いに行こうとなさったのですね」 「そうなの。今の時期は涼しくて心地良いから好きだけれど、決して良い季節ではないし、心地悪いわね」    自嘲気味の美砂子が窓を見やる。擬洋風建築の家からなる部屋から差し込む陽は夏とは違う暖かさが宿っていた。だがそれは、流矢家の忌まわしき過去が付き纏う季節でもある。 「あの……。美砂子様は太輔様のお母様をご存じなのですか?」  おずおずと晴乃は口に出したが、家の中でこの話をすることさえも(はばか)られた。 「少しだけ覚えているけれど、とても人を殺めるような人ではなかったわ。皆そう言ったのよ。まこと、太輔に優しくて──いいえ、優しいという言葉では片付けてはいけない、と。……ただ、家族からは嫌われていたそうよ」 「嫌われていた?」 「此処だけの話にしてね。太輔の母──知紗さんは、自身の欲の為に太輔を捨てたの。どれだけ自身の子を慈しんでいても、自身の欲の為には手段を選ばなかった……。それが、知紗さんなの」  代々続く商家として財を成す流矢家。その家を穢したのは、横濱にあった藩に仕えていた東雲(しののめ)家の長女、知紗だった。その息子として生まれた太輔が四歳の時、知紗は近所の太輔と同い年の少女を殺害する──1881年(明治14年)のことであった。 『太輔を、お願いしますね』  それが、知紗が警察に連れて行かれる前に言った最後の言葉となったのだった。
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