祟るは身を隠せ、と。

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 晴乃の前に差し出された手紙を、井尾は自身に引き寄せて読み始めた。その表情が(かげ)っていく。 「流矢家の分家の家がになって、お父さんも含め気が気でなかったわ。晴乃を人出がいないからと本家に差し出す形になって、流矢家の汚名までも背負わすことになってしまって……。でもそれに反対なんて出来なかった。あの家の言いなりみたいで嫌だったけれど、親戚である以上井の中の蛙としているしかなかったの」  珍しい程、井尾が思いを吐露する。井尾に直接の繋がりはないが、父が流矢家に繋がりがある故に身を守る術が、晴乃の流矢家の奉公になってしまっていたのだった。 「本当なら、晴乃は私たち両親を恨んでも良いのよ。売られたようなものだと捉えたって可笑しくないんだから」 「それは……違うと思います。あくまで想定の話ではありませんか。それに私は最初から人から人に渡って、おっか様の元に来たのです。それを今更売られただなんて、ただの後付けです」  晴乃は面と向かい合い井尾に伝えると、三行の謝罪文を見返した。 「そういえば、この方のお名前は?」 「聞いていないのよ。警察からも知らなくても良いと言われてしまってね、貴女の本当のお父さんも貴女が生まれてすぐ逃げたみたいで……。家庭事情は分からないけれど、本当に晴乃のことを守りたかったのだと思うわ」  どのような時に書いたのか、少しとばかり晴乃は想像を巡らそうとするが、死を目前としてまで晴乃自身のことを思っていたことを考えると、その想像は容易に出来るものではなかった。 「私は、恵まれているのですね。たとえ回されて此処に来て、流矢家に渡っても衣食住が約束されているこの状況が、本当に……恵まれていたのですね」  それと同時に思い出すのは、分家の流矢太輔のことだった。 「太輔様は、何故あのような思いを……」  その呟きに、井尾は何も言わず立ち上がって勝手場に向かっていたのだった。
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