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聖ルアンナ学院は中高一貫の私立学校だ。その高等部二年生の教室では古典の授業が行われていた。前の横長のモニタに大和と呼ばれていた遥か昔の時代の再現映像が流れ、ナレーションによって当時の状況が語られる。
私とミキティ、宏海を含む三十名の生徒はそれを黙って聞きながら気になったポイントを電子ノートに書いていくのだけれど、昨夜見たあの不思議な読み物の内容が頭をぐるぐると巡り、集中できずにいた。
「櫻井アユミさん。マイナス三ポイント」
「あ、すみません」
監視カメラによってうたた寝と判定された生徒は名前を呼ばれ、成績から点数が引かれていく。かつてはこういった手続きの全てが教師と呼ばれる資格を持った大人の個人判断で行われていたが、今はそれらの全てが機械化されていた。
緊張感を何とか持続させて授業を終えたものの、ランチタイムになっても私の心は何ともふわふわとしている。
「アユ殿、昼食はどこで取る予定でござる?」
「今日はパスしようかな……」
「え? あの食こそ人生の最高の楽しみの一つじゃと言っていた、アユ殿が?」
「ミキティ、それ大袈裟。あ、宏海。ちょっと」
「なぁに」
机に突っ伏していた彼女に声を掛け、私の方へと呼び寄せる。三人で肩を付け合うほどに接近すると、私は「昨夜のさ」と、普段なら絶対にこんな場所でしないことになっている話題を振ってしまった。
「アユ殿。やはりランチ、どこか別の場所で取りましょう」
「そ、そうね」
ミキティに促され、私は立ち上がる。彼女のややぽっちゃりとした腕が触れると、何故か激しい動悸がした。風邪でも引いてしまったのだろうか。
私はミキティにより掛かるようにその手に引かれながら教室を出た。
購買でそれぞれサンドイッチやおにぎりを買い込むと、いつものように古典文学研究会の部室に入る。幸運なことに学院では文化系の部活一つ一つに小さいながらも専用の部屋が当てられていた。
会議机二つと、パソコンが一台、それに物を置くように小型のキャビネットが一つあるだけで、シンプルなものだ。
私の右側にミキティ、左側に宏海と横並びに座り、それぞれにサンドイッチ、おにぎり、サラダパスタと頬張りながらも、
「どう?」
昨夜見たものについて、互いの意見を求めた。
「どう、と言われましてもねえ……NTR」
「暗号そのものが出てきても、それが何なのかズバリと書いてなかったのよね」
「そういえば畑毛殿の読んだものは絶滅した男性という種が出てくるストーリーだったとか」
宏海は私とミキティを見て、ただ頷いただけだ。
「ひょっとしてNTRは男性のことなのかしら。けど、私が見たものには出てこなかったし、絶滅した原因に関係ありそうな話も見なかったわ」
端的に云えば私が見たものは女性三人の関係の変化を描いたものだった。ただ、単純な変化ではなく、C奈によって誘導され、仕組まれたA子とB美の別離と、A子とC奈の接近だったことが私は気になっていた。
ミキティの本の内容は私のものとは違い、結婚した二人の女性から一人を奪うというものだったそうだ。それはミキティの片方の母に実際起こったことで、だからだろうか、彼女はあれを読んで以来、何となくいつものような明るさがない。
宏海の方はといえば、男性が登場するが、その男性と付き合っていた女性が男性の親友と事故的に性行為に及んでしまい、そこから関係がこじれて最終的には主人公の男性から親友に乗り換えてしまうというものだったらしく、私とミキティが見たものにはない謎の赤いマークが表紙に描かれていたそうだ。
「浮気や不倫と呼ばれるものとは、何か違うのでしょうか」
既にパスタを食べ終えた宏海が真面目な顔で訊いてくる。
「似ているようだけど、それならば浮気、不倫と書いておけばいい気がする。それにミキティの話では結婚関係が破綻しているから、それってもう浮気や不倫て段階じゃないような」
「それでは関係が破綻すること、もっと云えば関係を破綻させることがNTRでござるか?」
「それじゃあRはリレーション?」
「リレーションはいいセンいってそう」
私たちはRをリレーションと決め打って、残りのNとTに当てはまりそうなワードを探した。それぞれ端末で単語を検索したり、熟語や用語、略称に使われる英語を当たってみたが、サンドイッチが無くなっても何一つそれらしいものが見つけられなかった。
「また今夜も、行ってみませんか?」
そんな危険な提案を慎重派の宏海が提案したことに驚いたが、私もミキティも抗うことをしなかった。寧ろ、私自身、それを望んでいたからだ。
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