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 深夜十二時を過ぎたことを確認すると、私は学生寮の自分の部屋を抜け出した。三度目ともなると慣れたものだ。寮を出たところで待っていたミキティと宏海に合流した。 「あの」  第二図書室に向かう途中で珍しく宏海が声を掛ける。 「何?」  互いに声にならない程度の囁きで、ペンライトで足元を照らしながら歩いていく。 「なぜ第二図書室に入ってはいけないことになっているのでしょうか」  それは私も考えていたことだった。  確かに紙の本は貴重だし、盗まれて転売でもされたら大変な損害なのだろう。けれど昨日手にしたものは中身を読んでみても、それに価値があるのかどうか、私にはよく理解できなかった。 「それは端的に言って、あれが我々に見られると困るということでござろう」 「あれって……NTR?」  図書室のドアを開け、同じように中に入り、クリアリングをする。昨日と変化はない。私たち以外、ここに入る人間などいないのだろう。  私は昨夜と同じようにNTRの棚から一冊を引き抜いたが、ミキティは何冊も取り出して、足元に積み上げている。宏海は、同じ棚の前には姿がなかった。  今日手に取った本も、設定こそ異なっていたがやはり女性が三人出てきて、関係が破綻する。ただ破綻するというよりも登場人物の一人が最初から破綻させようと動いているのではないかということに気づいて、ミキティがしているように、十冊ほど出してきて、中身を確かめてみた。  私たちが学んでいる、あるいは手に入れられる物語というのは、どれも杓子定規にその形が決められている。仲良くしなさい、命を大切にしなさい、目上の人、歳上の人たちを敬いなさい。そういった啓蒙(けいもう)を目的とした読み物ばかりだった。あるいは人類の歴史について書かれたもの。または自然科学について。それ以外で手に入るものといったら古典と呼称されている、昔の文学作品だった。それは私たちには難解で文章も難しく、書かれている時代背景が違いすぎて、どうにも理解できない。研究素材として目は通すものの、ミキティや宏海ほどには内容が頭に入ってこないものばかりだ。  けれど、今読んでいるNTRの物語は違った。どれも登場人物が少ないからか、それとも文章ではなく絵によって物語が記述されているからか、薄いからか、ともかくするすると頭に入り、数冊読むと、容易に描かれている人物の心理が想像できるようになってきた。  いつの間にか私は立入禁止区域にいるにもかかわらず、読書という行為に没頭してしまっていた。 「アユミさん」  宏海の声でこちらの世界に戻ってきたのは、入室から一時間も経った頃だった。 「そろそろ」 「う、うん」  ミキティは本を棚に戻しながらも、時折ニヤつき、思い出したかのように含み笑いを漏らしている。きっと今日読んだものは面白かったのだろう。私はどうだろう。不思議な感覚だ。まだ体の奥底がじんわりと痺れている。 「足元」 「え?」 「落ちてる」 「あ、ほんとだ。ごめん」  宏海に指摘され、私は足元の一冊を拾い上げた。ミキティと宏海が部屋の出口に向かったのを見て、それを棚に戻し、慌てて駆けていく。  ドアを閉めて鍵を掛けると、私たちは一言も口を聞かずに自分の部屋へと戻った。
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