記憶デバイス  理想的な家族12ー凪

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 娘に会いに行くというヤクザは、別れた妻に連れられて行った娘に、一目会いたいというものだった。  普段なら、反社会的組織の人間の依頼は一切受けない京次郎だったが、五十絡みの強面のおっさんが、涙ながらにそう訴えるのに心を打たれて、依頼を受けてしまった。  ちょろいなぁと、凪は呆れたが、ヤクザに睨まれるとやはり怖いし、社長が決めたのだから、と開き直った。  しかもこのヤクザ、実年齢五十過ぎだというのに、若い方のアンドロイドを希望した。  ヤクザ曰く、「自分だとバレたくないから」ということだ。  しかも三日間。  なんか怪しいなぁと思いつつも、どのアンドロイドをレンタルするかは本人の自由だし、凪たちが口出しすることではない。  接続(ジャックイン)後、自分(アンドロイド)の顔を鏡に映し、身体を見下ろしては、細部まで検分するヤクザに、京次郎は一抹の不安を感じたのか、「あの、性行為は出来ませんからね、機能上」と釘を刺した。  ヤクザは顔を真っ赤にして(アンドロイドはそのあたりも精巧に出来ている)、「分かっとるわ!」と声を荒げて出て行った。  イケメンがそんな風に怒鳴ると、違和感甚だしい。クールなイケメンが残念なチンピラに成り下がり、イケメンとは顔の作りだけじゃないのだな、と凪は学習した。  そして、人は図星を指されると激怒する。凪は心の中で「そのつもりだったのかよ、おっさん」とつぶやいた。  京次郎と凪が不安を感じながらも、アンドロイドを見送ったきっちり三日後の夜十一時五十分に、ヤクザは元気に戻ってきた。  まだかまだかと待っていた二人に、接続(ジャック)解除(アウト)後、頼んでもないのに、ヤクザは娘との再会の一部始終を話して聞かせてくれた。  ヤクザは本当に娘に会いたかったらしく、若いイケメンの姿で、娘がバイトをする定食屋に行った。そして、彼女がテーブルの側を通る時に、わざと水の入ったコップを倒して、話すきっかけをつくったらしい。  なんとも悪質というか、子どもじみたやり方だが、まさか父親だと知らない娘は、イケメンに話しかけられて、ポッとなったらしい。  ヤクザはバイト終わりまで待って、娘をデートに誘った。もちろん自分の正体は明かさず、翌日水族館に行ったらしい。  手をつないだら、恥ずかしそうにうつむいたのが可愛かったなどと、満足そうに言うのを聞いて、凪はげぇっと思った。  娘が、真実を知ったら、死にたくなるだろう。  まったく健全なデートで、夜には家に帰したと得意げに言うのを聞いて、京次郎もいい加減限界だったのか、「当たり前です」と冷たく言った。  二日間だけ自分の前に現れて消えたイケメンを、彼女はどう思っただろう。からかわれたのかと思っただろうか。願わくは、彼女が真実を知ることなく、狐にでも化かされたと思って、この思い出を忘れて欲しい。 「それにしても、元気そうで良かったなぁ。あいつがちゃんと育ててくれたんだなぁ」  しみじみと言うヤクザに、別れた奥さんのことも娘のことも、ちゃんと愛してたんだなぁ、と凪がヤクザを見直しかけると、京次郎の冷静な声が聞こえた。 「それで、あと一日は何を?奥さんに会いに行ったんですか?」  ヤクザは頭を掻いて言った。 「いや、ちょっと今可愛がってる女に、あの姿を見せたくてよ。ヤレなかったのは残念だけど」  見直しかけたヤクザへの評価が急降下し、最悪を更新したのは言うまでもない。 「叔父さん」  ご満悦のヤクザを見送って、凪は京次郎を呼んだ。「叔父」と呼ばれて、京次郎はビクッとした。だいたい、その後は凪の嫌味が続く。 「反社会的組織の人間の依頼は受けちゃだめだよね?そう決めてたよね?」 「……はい」 「もう、絶対受けないで。アンドロイドが可哀そうだ」 「……はい」
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