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第10話 詰問
「山形、ちょっと待て」
連休明けの白兎中学1年生の教室で、放課後、新はリュックを掴んで帰ろうとしたユキを止めて前に座った。
「おまえ、唐沼のトレッキングコースで迷子になったんだって?」
ユキは驚く。
「なんで知ってるの?」
「俺のオヤジがさ、あそこの管理事務所で聞いて教えてくれた」
ユキは思い出した。あの日、紗香と一緒に戻ったトレッキングコースの休憩場所には、作業服を着た男性が二人、父の晴樹と喋っていたのだ。晴樹が急に心配になってゴンドラ乗場へ電話を掛け、事情を話したら慌てて駈けつけてくれた管理事務所の人たちだった。二人とも日焼けした顔を崩して『無事で良かった。一人で行っちゃ駄目だよ』とユキを諭してくれたのだ。ユキの両親もひたすら謝るしかなかった。
聞きつけた月がユキの横にやって来た。上から目線で新が続ける。
「ほんで山形、なんで一人でコースを外れて行ったんだ? 初心者コースでも山は危ないんだよ」
「うん。ごめん。解った」
ユキは青白い顔で項垂れた。月は何も判らない。
「ね、何の話? 危ないって?」
新は得意げに言う。
「こいつ、トレッキングコースから一人でコース外に出て行って、一時は遭難者だったんだ。結局親が見つけたんだけど、事務所からも駈けつけてちょっとした騒ぎになったんだ」
月はユキを凝視する。
「ユキ、ホント?」
ユキは肯く。
「これだから都会人は厄介なんだよ。遭難する奴って大抵他所から来た奴なんだから。自然の恐さ、解ってない」
新は机を拳で叩き、そしてもう一度ユキを見る。
「あのさ、山形って本当に長野市の子? 俺、ちょっと引っ掛かってるんだけど」
ユキは首を傾げ、代わりに月が言った。
「何が引っ掛かるのよ」
「いや。どこで会ったのか判んないんだけど『雪』って名前の子、聞いたことあるんだよな、小さいときに」
ガタッ!
その途端、ユキが立ち上がった。
「ごめん、帰る」
そして振り返りもせず、足早で教室を出て行った。新はポカンとなった。
「なんだ…あいつ」
月は新に反論する。
「そりゃ気分悪いよ、あんな言い方しちゃ。きっとユキは初めて行ったのよ。最初は判んないでしょ? トレッキングコースって公園と似たような感じなんだから。可哀想に、ユキ、ショック受けてるよ!ちゃんと反省してたじゃない!」
「いや、ま、そうだけど。解ればいいんだけど」
「あんたは親じゃないんだから余計なお説教しなくていいの!」
月に押された新はそのまますごすごと退散した。
+++
家路を辿りながら、ユキは落ち込んでいた。確かに宗清君の言う通りだ。山は死と隣り合わせ。私はそれを充分解っている。でも油断してしまった。久し振りと言うことある。ようやくと言う気持ちもあった。焦り過ぎだった…。でも、これに何年もかけられないんだ。いつまでもお花が咲き続けるとは思えないから。
そして間に入ってくれた月を想った。
訳が判らなかっただろうな。月、私のこと怪しんだかな。それに、宗清君が『雪』って名前を知っているとは思わなかった。はっきりとした記憶じゃなくて助かったけど、昔の私のことは晒したくない。
+++
コーン!
ユキがログハウスの自宅に戻ると、庭先で母が薪を割っていた。
「ただいま」
「あ、お帰り」
「薪?」
「そう。暑くなったらあんまり要らないけど、パパ、バーベキューとかしたがるから。ユキは入ってて」
「うん」
頷きながらユキは玄関を開けた。こんなに上手に薪を割れるママもなかなかいないだろう。ママ、どこで覚えたのだろう。私も気をつけないと。私も薪割り、結構得意だから。
これも宗清君に見透かされているかも知れない。二階への階段を昇りながら、ユキは憂鬱になった。
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