第11話 探しもの

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第11話 探しもの

 このところ、ユキに元気がない。紗香はダイニングテーブルで頬杖をついていた。連休にトレッキングコースで迷子になったことを気にしているのだろうか。夫の電話で自然公園の管理事務所の人たちにまで迷惑を掛けた。それを気にしているのだろうか。彼らも仕事なんだから気にしなくていいよと随分言ったのだけれど。    それにしても…、紗香はあの日を思い出した。ユキは一体何を探していたのだろう。いつになったら心の整理がついて話してくれるのだろう。きっとユキは心に大きな傷を負っている筈。それと言うのも、ユキを養女にと言う話を貰った時、紗香は自分の父、鴨志田 剛(かもしだ つよし)にこう言われたのだ。 「もしかしたらその子、以前、雪崩の事故に遭った子かも知れん。母親が元々いなくて、雪崩で父親を失った女の子。年頃からして丁度小学校の高学年になっている筈だからな。それに名前がそんな名前だった気がする」  実は紗香は白兎町に生まれ育った。高校が長野市内だったので、市内で一人暮らしをしていたが、元々は白兎の山を駈け回った少女だった。そしてその父は、長く白兎町の消防団に勤め、今では山岳救助隊のリーダーとなっている。その父の記憶だ。紗香は事故の詳細は知らないが、父が救助活動に当たったことは覚えている。  剛から聞いた話は夫の晴樹には内緒にした。夫の性格からして余計に気を遣って墓穴を掘りかねないと考えたからだ。それ故に、紗香は理由を繕って、わざと実家を遠ざけた。白兎町そのものが、ユキにとって良い思い出の場所だとは思いにくい。だから晴樹が白兎町に引っ越したいと言い出した時は青ざめた。しかし否定する理由がない。  紗香にとっても、晴樹の『田舎暮らし』は冒険でもあったのだ。しかし、このままでは母親として何もできない。止む無く紗香は、父・剛に電話を掛け、連休の出来事を話した。 「だからあの子、何かを探しているのかな。そのうち話してくれるかも知れないんだけど、多分自分の中に仕舞い込んで、誰にも言いたくないんじゃないかって思うのよ。思い出に土足で上がり込まれたくないみたいな」  事情を把握している剛は唸った。 「なるほど。そうかも知れんな。気丈な子だったからな」 「何を探してるんだろう。やっぱ、お父さんかな。今でも見つかっていないんでしょ」 「どうだろう。探したい気はあるだろうけど、そんなに気軽に出来る事じゃないよな」 「それはそうだけど。他に何かあるのかな。私、何があったのかよく知らないのよね」  電話の向こうで剛も考え込んだ。 「そう言えば、あの日、あの子と父親は何かを探しに行ったとか言ってた気がするな」 「探しに?」 「うん。まあ、だけどあの日はこっちもそれどころじゃなかったから、ちゃんとは聞いていないんだ」 「そう…」 「役に立てんで申し訳ないが、ゆっくり見てあげるしかないんじゃないか。北風じゃなくて太陽が旅人のマントを脱がしたんだろ?」  屈強な年寄の剽軽な物言いに、紗香も思わず微笑みを浮かべた。  そう、どんな想いを秘めているのか判らないけど、ユキなりに消化しようとしているのだろう。性急に片付けることもない。そっと後ろに寄り添ってあげよう。紗香は改めて思った。お父さん、有難う。ユキにもそんな風に父を思える日が早く来ますように。
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