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第12話 絵付け
連休の迷子で懲りたのか、それからの1学期期間中、ユキは大人しかった。相変わらずクラスでは『雪女』と崇められる状態ではあったが、町にも学校にも馴染んでいた。
中学最初の夏休み、ユキは両親と久し振りに長野市内を訪れ、木工品の店で小さな木製クラフトの小箱を買った。ロケットペンダントを始め、小物類の整理箱が欲しかったのだ。模様も何もない箱だったが、手触りと明るい色合いに一目惚れしてしまった。そしてユキはその蓋に絵付けしようと考えた。理由は夏休みの宿題だ。のんびりした中学校なので宿題は少ないかと思っていたらとんでもなかった。副教科にまで宿題があったのだ。
絵付けは美術の宿題だ。何でもいいから作品を作れと言う大雑把な宿題だったので助かった。技術の宿題だったら、箱ごと作らねばならない所だ。しかし箱はたった一つ。失敗は許されない。絵具は不透明のアクリル絵具。木目は不要なので、下地作りとして蓋の表面にジェッソと呼ばれる下地材を水と混ぜ合わせて刷毛で塗って行く。その上からアクリル絵具で絵を描く。そして上から保護剤をスプレイする。そんな手順だ。
ユキは特に絵が得意な訳ではない。従って原画の元になる写真をネットを探しまくって手に入れた。その写真を上から色鉛筆でトレースし、縮小コピーしたものを原画とした。と言っても実際はアクリル絵具で描くのだから、同縮尺の見本程度の意味しか持たない。
ユキは晴樹に冷やかされながら時間をかけて描いた。モチーフは花だ。淡い色の地面に下向きに咲く白い花。その花こそがユキが追い求めているものだったのだが、晴樹も紗香もそこまでは気がつかなかった。
2学期の始業日、ユキは作品を持って登校した。早速、月がやって来る。
「ユキの美術の宿題、何描いたの?」
ユキは周囲から隠すように小箱を出して月に見せる。
「わ、可愛い」
「良かった…」
「これは何てお花?」
「スノードロップ」
「スノードロップ? 聞いた事ないな。え?もしや『雪の涙』みたいな意味?」
「涙じゃないよ。雫って事だと思う。蕾が雫の形なの」
「ああ、なるほど」
「日本語では『待雪草』とか言うんだって」
月は手をパチンと叩いた。
「雪を待つ? やっぱりユキの花だよね。なんか雰囲気もユキにぴったりだ」
「そ? 大好きだから嬉しい」
ユキは珍しく顔を赤らめた。
「そうなんだ。だってさ、派手じゃないけど清楚でしっかりしてる感じだよ」
「褒め過ぎだよ。何も出ないよ」
「ううん、本当にそう思うの」
予鈴が鳴り月は席に駈け戻る。ユキは自分が描いた小箱を膝の上でそっと見た。月の言葉は心底嬉しかった。
私を待っている花…か。もしかしてパパもそう思ったのかな。それでパパは…。
ガラッ
稲葉先生が扉を開けて入って来た。
「みんなー、元気そうね。良かったこと」
うん。ユキは元気だよ。たった今、めっちゃ元気になった、月のお陰で。価値ある宿題だった。
よーし、2学期こそ。
ユキは小さくて固い決意を握りしめた。
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