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第1話 呼び捨て
娘は俺をパパと呼ばない。母親である妻のことは、ちゃんとママと呼ぶくせに、俺のことは…
「ハルキ、ごはん」
「ああ、はいはい」
「ママ、怒ってる」
「え? なんで?」
「ハルキ、くつ下、ポイしてたから」
あー、そうだ、忘れてた。いや、それは俺が悪いんだが、なんで娘が父親のことを呼び捨てなんだ。
確かに娘は実子ではない。俺、つまり山形晴樹(やまがた はるき)と妻の山形紗香(やまがた さやか)の元へ縁あってやって来た養女なのだ。俺たち夫婦は一度子どもを授かった。しかし、残念なことに流れてしまい、それが原因で今後は子どもを望めなくなった。そんな時に、紗香がパートに出ていた市役所で、たまたま養女の話を持ち掛けられたのだ。
『しっかりしたお嬢さんよ。大人しい、静かな子だけど賢いの。学校の成績もいいのよ』
世話をしてくれた児童相談所の職員さんは言った。そして実際、娘はその通りの女の子だった。良く言えばクール、悪く言えば不愛想。会話は限定的、それもクリティカル・パスのような最小限の表現だ。笑顔もないことはないけど滅多に見られない。失敗することが少ないので照れたり誤魔化し笑いしたり…もないのだ。
彼女が児童相談所に預けられた経緯の詳細は判らない。どうやら両親と何らかの理由で別れ、その後、親戚中をたらい回しされ、最後に遠戚に当たるおばあさんと暮らすようになったのだが、そのおばあさんが亡くなって児童相談所へ近所の人が連れて来たそうだ。こんな辛い話、本人から話す筈がないし、俺たちだって聞きたくもない。きっとこの体験が今の性格を作ったのだろう。可哀想な話だ。
しかし、それだからと言って父親を呼び捨てにする理由にはならんだろう。勿論、娘が来てから俺と紗香は自分たちのことを『パパ』『ママ』と呼ぶように躾けたし、彼女も反抗的な態度は取らなかった。
だが、『ハルキ』は治らんのだ。俺は『パパと呼べ』と言い続けているのだが、この点については、至って無関心。簡単に言えば無条件にスルーされる。ったく何を考えているのやら…。
「ハルキ、今日、ママに怒られるの3回目」
娘は俺を敵視している訳ではない。寧ろ妻との間に入って妻を宥めてくれることもある父親思いの少女なのだ。
「脱いだらその場で洗濯機に入れると忘れない」
彼女は俺の手を引きながら教えてくれる。
「あ、ああ、そうだな。その通りだ」
「トイレがある時には、そこで行っておかないと、後で後悔するものなの」
「あ? そんなことをどこで覚えたの?」
娘は黙り込む。
うーん、何かのトラウマに当たっちまったかな。ダイニングに入るとご機嫌斜めの妻が待ち受けていた。
「ママ。ハルキ反省してる。くつ下のこと」
一転、紗香は苦笑いになる。
「しょうがないパパね。子どもに弁解してもらって」
娘は小さく頷くと、ダイニングテーブルの上を見てニコリともせず言った。
「オムライス、大好き。ママ、ありがとう」
「いいえ、簡単でいいのよ」
「今度、私も作ってみたい」
「そ? 一緒に作ろうね。じゃ、食べよっか」
「うん」
態度は別にして、彼女は我が夫婦には出来過ぎの娘だ。いつか独り立ちしてウチを出てゆく時、いや、彼氏が出来ただけでも俺は間違いなく泣くだろう。
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