第2話 田舎暮らしへ

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第2話 田舎暮らしへ

 山形 雪(やまがた ゆき)は2年前、小学5年生の時に山形家にやって来た。平均よりずっと背が高い少女で、このまま成長すれば紗香を抜かしそうだ。当時の山形家は長野(ながの)市内の中心に近いマンションの8階。ユキはマンション暮らしが初めてで、ベランダからの眺めが珍しいらしく、よく周囲を見渡していた。だが、小学校を卒業すると同時にこの白兎(はくと)町に来ることになった。  その理由はソフトウェア開発会社に勤める父・晴樹の決断にあった。ユキが6年生の2学期、突然、晴樹は宣言したのだ。 「ユキ! 中学生になったら、田舎暮らしを始めるぞ」  ブームに乗っかってかアウトドアにかぶれている晴樹が、仕事のリモート化に乗じて県内の山間部である白兎町に引っ越すと言い出した。今の場所でも都会とは言えないので、田舎暮らしと言っても五十歩百歩な気もするが、この街で生まれ育った晴樹にとっては、マンションから脱出するだけでアウトドアなのだろう。 「いい物件が出たんだ。見てくれはログハウスなんだけど内装は近代住宅。断熱性もばっちりでさ、暖炉まであるんだよ。白兎町って知ってるかな、筑摩山の向こうだけど、そう不便でもないんだよ」  白兎町。  その地名を聞いたユキは一瞬血が引いたのを覚えている。養父母も知らないあの出来事があった場所。ユキにとって思い出したくもない場所。しかしそんな事言える筈もない。身寄りの無くなった自分を、こんなにも慈しんで育ててくれている両親なのだ。それに、あっちに行ったとしても、もう誰も自分の事なんて覚えていない筈…。そう思った。  ユキは無表情に肯いた。晴樹の声はややトーンが落ちる。 「転校って言うか、向こうの中学に入学になるから友だちもまた(イチ)から作んなきゃいけなくてさ、それはちょっとユキには申し訳ないんだけど、きっとユキならすぐに友だち出来るよ」  晴樹は大きく肯いた。あまり慰めにならないのだけれど、反論するのも変だ。ユキはスルーした。 「リフォームするからさ、ユキの部屋はユキが好きなように考えてくれたらいいんだ。冬場は工事がムリだから、出来上がりは3月なんだって。入学式ギリギリだね。でもさ、冬の間に時々見に行こうな。スキーがてらに」  スキー…。養父母とは昨冬に出掛けた。二人とも地元民なのでスキーは出来る。特に養母・紗香は上級者の腕前だ。その二人がユキの滑りを絶賛してくれた。そりゃそうだろう。幼い頃からバックカントリーで散々滑って来たのだから。ユキは全ての感情を押し殺して肯いた。 「うん。楽しみ」  晴樹と紗香はほっとして目を合わせている。そう、感謝しなくちゃ。ユキは自分に言い聞かせた。
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