16人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
第2話 田舎暮らしへ
山形 雪(やまがた ゆき)は2年前、小学5年生の時に山形家にやって来た。平均よりずっと背が高い少女で、このまま成長すれば紗香を抜かしそうだ。当時の山形家は長野市内の中心に近いマンションの8階。ユキはマンション暮らしが初めてで、ベランダからの眺めが珍しいらしく、よく周囲を見渡していた。だが、小学校を卒業すると同時にこの白兎町に来ることになった。
その理由はソフトウェア開発会社に勤める父・晴樹の決断にあった。ユキが6年生の2学期、突然、晴樹は宣言したのだ。
「ユキ! 中学生になったら、田舎暮らしを始めるぞ」
ブームに乗っかってかアウトドアにかぶれている晴樹が、仕事のリモート化に乗じて県内の山間部である白兎町に引っ越すと言い出した。今の場所でも都会とは言えないので、田舎暮らしと言っても五十歩百歩な気もするが、この街で生まれ育った晴樹にとっては、マンションから脱出するだけでアウトドアなのだろう。
「いい物件が出たんだ。見てくれはログハウスなんだけど内装は近代住宅。断熱性もばっちりでさ、暖炉まであるんだよ。白兎町って知ってるかな、筑摩山の向こうだけど、そう不便でもないんだよ」
白兎町。
その地名を聞いたユキは一瞬血が引いたのを覚えている。養父母も知らないあの出来事があった場所。ユキにとって思い出したくもない場所。しかしそんな事言える筈もない。身寄りの無くなった自分を、こんなにも慈しんで育ててくれている両親なのだ。それに、あっちに行ったとしても、もう誰も自分の事なんて覚えていない筈…。そう思った。
ユキは無表情に肯いた。晴樹の声はややトーンが落ちる。
「転校って言うか、向こうの中学に入学になるから友だちもまた一から作んなきゃいけなくてさ、それはちょっとユキには申し訳ないんだけど、きっとユキならすぐに友だち出来るよ」
晴樹は大きく肯いた。あまり慰めにならないのだけれど、反論するのも変だ。ユキはスルーした。
「リフォームするからさ、ユキの部屋はユキが好きなように考えてくれたらいいんだ。冬場は工事がムリだから、出来上がりは3月なんだって。入学式ギリギリだね。でもさ、冬の間に時々見に行こうな。スキーがてらに」
スキー…。養父母とは昨冬に出掛けた。二人とも地元民なのでスキーは出来る。特に養母・紗香は上級者の腕前だ。その二人がユキの滑りを絶賛してくれた。そりゃそうだろう。幼い頃からバックカントリーで散々滑って来たのだから。ユキは全ての感情を押し殺して肯いた。
「うん。楽しみ」
晴樹と紗香はほっとして目を合わせている。そう、感謝しなくちゃ。ユキは自分に言い聞かせた。
最初のコメントを投稿しよう!