Le Voleur de Grimoire 〜魔導書の盗賊〜

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「で、無事に城への侵入を果たせたら、いよいよこいつのお出ましだ……」  次にそう言うと彼は、傍らに置いてあったステッキを手に取り、その頭に被せてあった黒革のカバーを外す……すると、その下からはなんとも奇妙な代物が私の眼前に姿を現す。  それは〝グー〟に握られた人間の手のような形をしており、その中指と薬指の間には蝋燭が一本、挟まって立っている……。  いや、それは手のような(・・・)ではなく、実際に人の手なのだ……否、手だった(・・・)ものというのがより正確であろう。  それは〝栄光の手〟と呼ばれる一種の燭台で、絞首刑になった罪人の手をカラカラに乾かして作られるものなのだが、それに灯した火を見た者は動くことができず、また眠っている家人はけして起きてくることがないと云われている……。  その盗みに便利な効能ゆえに泥棒達垂涎の的なのであるが、その製作方法の載っているのが(くだん)の魔導書『小アルベール』なのだ。  つまり、この〝栄光の手〟こそが彼のシンボル、〝アルベール・ド・ラパン〟という怪盗の代名詞と言っても過言ではなかろう。 「悪魔の召喚にはそれなりに時間がかかる。しかも今回は大掛かりに術をかける必要があったから、その間に騒がれては事なんでね。〝栄光の手〟で家人も衛兵も動けなくした僕は、地下室を借りて魔法円を描き、盗みが大好きな悪魔、72柱の内の序列44番・略奪候シャックスを呼び出した。シャックスの理解力と感覚を奪う力で、城内の者達を僕の奴隷にして仕事を手伝わせたのさ。加えて朝になったら記憶を失うようにも調整してね」  なるほど。それで誰も侵入したアルベールのことを憶えていないというわけか。頭がぼうっとしているというのも、おそらくはその影響なのだろう……。 「しかし、どうやって大量の盗品を運んだんだい? 城内の者にしか術をかけていないのだろう? 橋を使っては、さすがに外の衛兵に気づかれると思うのだが……」  大方の手口はわかってきたものの、まだ残っているその謎についても私は彼を問い質す。 「まさにそこが盲点だね。ただ一本の橋以外、あの中洲の城への道はないように思われがちだが、なあに、船を使えばいいだけの話さ。再びネズミの姿で橋を渡った僕は、あらかじめ用意しておいた船を城の裏側の崖下につけた。その船にロープを結えた財宝の山々を奴隷(・・)達の手で下ろしてもらったら、あとはそのまま船でさよならさ」  その質問にも、さも当然のことのように答えたアルベールは、〝栄光の手〟にカバーをかけると、そのステッキを握りしめておもむろに立ちあがる。
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