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パリーシスの真ん中を流れるセイン川……その下流、街路樹の植る美しい大通りも、その道沿いに並ぶ瀟洒な高層建築物も見られなくなる街の郊外に、川の真ん中の中州に建つアラキ城という古城がある。
中世に建てられた王都防衛のための城砦で、現在は時代の変化によってその役目を終え、金持ちの貴族に払い下げられて邸宅として使われている。
だが、川の中州にあるので住むにも不便であり、無骨な石造りの特に綺麗でもないその城を購入した物好きというのが、ナジャン・ド・カオリン男爵だ。
もとは高利貸しをしていた人物で、男爵の地位も金で買ったものであるが、このナジャン、ある時から古美術収集にドハマりし、防犯も兼ねたコレクシオンの保管庫として、この城を安値で買い取ると美術品ともども引き篭もったのであった。
その冷たく無機質な石壁で囲まれた城の内部には、古代イスカンドリア帝国期の壺や彫像に、フランクル王家にまつわる宝飾品、それに古典回帰運動以前の名画の数々など、多くの古美術品が人々の目に触れることく、好事家の老人一人を楽しませるために納められている……。
ま、住むには不便だが、城へ侵入するには河岸から延びる石橋が一本しかなく、もともとが堅牢な城砦でもあるために、確かに防犯の面では最適の物件ということもできよう。
ところが、そんな城住まいのナジャン男爵のもとへ、かの怪盗紳士から犯行予告状が届いたのである。
その予告状というのは以下の通りだ。
拝啓。親愛なるナジャン・ド・カオリン男爵。
貴殿の住まわれるアラキ城には、貴殿の御心を悩ませている財宝の数々が不幸にも溜め込まれているとの由。
それではいつ盗まれるかと心配で、夜もおちおち眠れないことでしょう。
かくなる上は、不肖、この私めが貴殿を悩ませている財宝のすべてをお預かりすることと致しました。
なに、御礼には及びません。私の善意をどうか遠慮なくお受けとりください。
それでは、一週間後の夜にお伺いいたしますので、それまでしばしお待ちいただきたく存じあげ候。
貴殿の良き理解者アルベール・ド・ラパン
無論、封筒と便箋には彼のウサギの紋章が黒インクで印刷されている。
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