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「なんと太々しい! 盗人風情が言うにことかいて……慇懃無礼とはまさにこのことだ!」
今朝見ると城の門扉に挟まっていたと、執事が持って来たその手紙を目にしたナジャン男爵は、激しい怒りに痩せこけた顔を真っ赤にする。
だが、その怒りよりもむしろ、より強い恐怖の感情の方が勝っていたと言っていい。
なにせ、相手はあのアルベール・ド・ラパンなのだ。これまでに彼の予告を受けて盗まれずにすんだものはない……長い年月と莫大な資金を注ぎ込んで集めた、命よりも大切なコレクシオンが消え去ることを想像すると、もう居ても立ってもいられない。
そこで、ナジャンは久々に城を出てパリーシス中心部の官公庁街へ赴くと、衛兵隊本部内にある捜査部の事務室を訪れた。
その道のプロ、ゼニアール捜査部長を頼るためである。
「──どうか、お力をお貸しください! 御礼ならいくらでもいたします!」
応接のテーブル越しに目の前に座る、カーキ色のシルク製ジュストコール(※ロングジャケット)にやはりカーキ色の羽根付き帽を被った初老の男性に、ナジャン男爵は頭を下げて懇願する。
両手の指には宝石付きの指輪を幾つも嵌め、首にも金銀細工のネックレスをかけた小金持ち感たっぷりの装いであるが、その衛兵らしからぬ装飾品に反して眼光は鋭く、衛兵の内でも犯罪捜査を専門に受け持つ玄人なのだ。
「なに、御礼など必要ありません。頼まれずともそれが我々の責務ですから。いやむしろ、このような機会を与えてくださった神にはたいへん感謝です。よろこんでヤツめらを捕らえに参りましょう」
しかもこのゼニアール、ずっと出し抜かれてきたこともあって、アルベールの逮捕には執念を燃やしている。
「なんと頼もしいお言葉! いやあ、わざわざ城を抜け出して来た甲斐がありましたわい」
「では、さっそく捜査を始めましょう。おい! 人を集めてくれ! パリーシス中に捜査網を張るぞ!」
その快い返事にナジャンもようやく笑顔を取り戻し、おもむろに立ち上がったゼニアールは部下達に檄を飛ばすと、すぐさま自分達の仕事に取りかかった──。
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