かえしてくれませんか

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かえしてくれませんか

「かえしてくれませんか?」 突然の電話だった。 初めて聞く声。女性だ。 何を。 誰に。 そのような詳細を伝えず、自らを名乗りもせずにプツと切れた。 『かえしてくれませんか?』 翔子は受話器を見つめその言葉を反芻していた。 *** 「っていう気持ち悪い電話があったの。私のこと、何か盗んだ泥棒みたいに言うの」 夫の郁生に話してみる。遅い夕飯の最中。 肉じゃがを食べる手を止め郁生は翔子に視線をやった。 「心当たりは?」 「ないのよ、全く」 「じゃあ気にしない気にしない」 肩を竦める翔子を真似て、郁生も肩を竦めてみせる。 リビングに明るい郁生の声が響き、二人は食事を再開した。 *** それから何日か後。 かえって、くれませんか? わたしのところへ SNSのDMで届いたメッセージ。 郁生はその文面を見て顔を引きつらせた。 心当たりがあるのは郁生のほうだ。 結婚前から関係が続いている美羽だと直感した。月に一回ほどホテルに行くくらいの関係だ。まさか自宅にまで電話を寄越すとは。 腸が煮えくり返る思いだった。 携帯電話を開き美羽の番号をタップする。 美羽が出た瞬間に叫ぶ。 「お前だろう!もう関係しない!やめてくれ」 「なんのこと?久しぶりに会いたいー」 郁生は美羽の返事を聞かず通話をブチッと切った。 そして頭を抱え大きくため息をついた。 *** かえしてくれませんか 帰してくれませんか 返してくれませんか 帰ってくれませんか 郁生はその日から帰宅が早くなった。 翔子と一緒にキッチンに立つこともふえた。 「あのさ、まだ電話なんてかかってくる?」 郁生が不安げな声で ー努めて明るくしてはいたがー 翔子に確認する。 翔子は満面の笑みで答えた。 「もう二度とかかってこないわよ」 妙に断定的な言葉であったが郁生はホッとするばかりでその違和感に気づきはしなかった。 翔子は小さな声でそっと付け足した。 「ちゃんとかえってきたから。自分の足で」 ふふっと笑って郁生をみやる。 赤ちゃんのために『パパ』は大事よね。 そのためには何だって演じてみせる。 自作自演だって構わない。 先日妊娠がわかったばかりのおなかをさすり、翔子は目を細めた。
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