3人が本棚に入れています
本棚に追加
「なんだ、ほんとの泥棒じゃん」
くふ、とかみ殺し損ねた誰かの笑いが重なる。目の前を蜻蛉がひゆんと飛んで、どこかで蝉が鳴いた。夏と秋が交錯する昼下がり。
「冗談だよ」
ぽかんとした僕に関矢はからりとした笑みを見せて、じゃあまた夜にな、と片手を上げた。それを合図にしたようにめいめいが帰路へ向かう。時間までゲームをしようと足を速める浅野と原田のランドセルが揺れる。「だめだよ」「だって」ふくりと笑んだ口元を手で押さえた笹沼と三木のスカートがひるがえる。呆れたような顔をした渡辺が「気にするなよ」と言い残す。
その姿形がみんないなくなるまで、僕はその場に立ち尽くしていた。
蝉の音が鈴虫に代わり、日が月と交替する。
網戸を通り抜けて、きゃあきゃあと弾む声が聞こえた。外から見えるから夕方になったらカーテンは閉めてね。僕はお母さんから常々そう言われていた布地にそっと隙間を作った。
ぽつり。ぽつり。
住宅街を少し離れたアパートの二階からは、町がよく見える。ぼんやり玄関先を照らす、提灯を模した灯りがいくつか数えられた。中には気が早いのか一緒くたに考えているのか、橙に光るかぼちゃもいる。いつもより明るい町は、まだ涼しさとは遠い秋にじんわり熱を加えていく。
知らずとついたため息が手にかかった。逃れるように上を見ると、黄色の輝きを放つ月。
最初のコメントを投稿しよう!