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「そんなお金ないわ」
うちも準備する? そうめんを茹でながら聞くとお母さんはそう言った。ごめんね、続けられて慌てて首を振る。よく考えれば――実際にはよく考えなくても、だったけれど――すぐに分かることだった。聞くべきじゃなかった。
出さなくても、もらえるからいいよね。
ことさら明るく言った僕に、お母さんはそうねと笑った。僕はそれで、そうだ、お得じゃないか、と思った。言葉にした自分の提案がなかなかのものにすら思えた。でも今考えたら、お母さんの眉は少しだけ下がっていた気がする。
「何供えるの?」
「うちはねー」
当然のようにそんな会話が始まった当日、今日の帰り道。黙っていた僕にもボールは投げられた。
うちは、ないんだ。
しん、と一瞬、場が静まった。なんの音もしなかった。そうして関矢が言ったのだ。「ほんとの泥棒じゃん」と。
かっち。時計の針が進む。
行かないと。僕は重い腰を上げて、畳んであったエコバッグをポケットに詰め込んだ。今日は出かけると、朝お母さんに言っている。早ければもうすぐお母さんが帰ってくる時間だ。その時に家にいるのは良くない。行かないの? どうして? そう聞かれてしまったら僕は上手く返事ができないかもしれない。
靴に足を入れて、意味なく紐をほどく。つま先の方から少しずつ引っ張ると足がしっかりと靴の布地を感じる。ぎゅう、と最後に強く引いて蝶々結びの輪っかを止め結びする。
大丈夫。行ける。
息を吐いて立ち上がって、僕は重たい玄関を開けた。
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