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どこをどうやって通ったのか、細い背中にぶつかりそうになって慌てて急ブレーキをかけた時、僕は盛大に息を切らしていた。
「ねえ、あの、ここ、」
体育の授業でもこんなに走らない。足が重くないことだけが幸いで、息の合間に発した単語はあまり意味を成していなかった。
彼女がくるりと振り返って、しー、と唇の前で人差し指を立てる。
まるで魔法のように呼吸も静まって、僕の背筋は自然と伸びた。向き直った彼女の視線を辿ると
「湖……?」
目の前には水が揺蕩っていた。
湖というには小さい、けれど沼というには澄んで、池でもない。草むらに、その周りを木に囲まれたささやかな湖が月に照らされている。
手招きをされて水辺に近づくと、エコバッグと水を順に指された。
『汲むの?』
何となく音を出してはいけない気分になって、口パクを添えて同じ仕草をすると頷かれる。防水って、意味違わない? 思ったが僕は頷き返した。しゃがみ込んでエコバッグのふちをそっと水面につける。
水は、ひんやりと心地良かった。澄んだ水は温度まで澄んでいる。ずっと浸かっていたくなるような、そんな冷たさ。
とん、と肩に軽い衝撃。顔を上げると彼女がわずかに首を傾けてほほえんだ。僕はゆっくり頷いた。触れられたそこから熱が伝わったように、腕の力がほどけて動きを思い出す。僕がエコバッグを引き上げると、彼女は隣にしゃがみ込んだ。
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