スティール

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 それからの僕はさやかが入院していることに対して可哀そうだなと思うことはあっても悲しいという感情は生まれてこなかった。早く良くなって欲しいという気持ちはあるもののそれ以上の感情を持つことが出来ない。あんなに好きだったさやかが死ぬか生きるかの瀬戸際にいるのにそのことに対しての熱が湧いてこない。それはテレビでみているどこかの誰かニュースを聞いているかのようだった。  何か大切はものを失ってしまったような感覚に陥る。それが何かは分からない。しかし、一つだけはっきり分かる事がある。それはさやかの今の状況を自分事として考えられないことへの虚脱感だった。そんなむなしい時間をいく日か過ごしていく。さやかに対しての自分の感情に対して日に日にどうして、何故といった疑問が増えていく。どうして僕はこの状況を悲しむことが出来ないのだろう。  真白さんが僕の前に現れたのはそんな時だった。真白さんの表情はかつて見たことがある、哀れみを含んだものだった。 「聡くん今の気分はどう? さやかちゃんへの悲しみの感情を無くして気が楽になったかしら?」 「さやかに対する悲しみ? 事故であんな風になっちゃって可哀想だなとは思いますよ。でもなぜか悲しいという気持ちになれないんです……」 「君は悲しい気持ちから逃げ出しちゃったんだよ」 「言ってる意味が分かりませんよ。僕が逃げてるっていうんですか?」 「君はちゃんと向き合えていないんだよ。辛い事実から逃げてしまったから……」 「向き合うも何も僕は悲しいと感じられないんですよ! どうしてなんですかっ!?」 「じゃあ思い出させてあげるわっ! 君のさやかちゃんに対する悲しみの感情を返すわ!」  真白さんが僕の背中を手で触れた瞬間、その触れられている場所がカッと熱くなる。そうかと思うとどんどん僕の頭の中にさやかについての感情が流れ込んでくる。僕は悲しみに支配されていく。辛く耐えようのない悲しみが僕の中へ入ってきた。  失っていたものはこれだったのだと分かった。僕は悲しみの感情を盗ませ、単純に悲しみから逃げ出していた。ただそれだけだった。だからさやかに対して他人事と感じてしまっていたのだ。悲しみと向き合い、乗り越えていく事で消化していかなくては成長しない。その事に気付いた僕はさやかのいる病院へと向かった。この悲しみをしっかり受け入れて、それさえも力に変えてさやかを応援しようと思ったのだ。
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