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彼への気持ちを自覚して、純白のドレスを着てから、どれくらいの時間が経ったんだろう。とても長いような、あっという間だったような…何とも不思議な感覚だ。
皇輝への気持ちは間違いなく愛情だった。今でも愛している。でも、無性に寂しくなることが増えた。いつから、どこから、隙間風が入るようになったんだろう。或いは雨漏りかもしれない。
昔は素直に何でも言えたのに。寂しいも、嬉しいも、大好きも。だから居心地が良かったのに。いつからか、幻滅されたくなくて本心を隠すようになってしまった。
どうにもやるせなくなると、自然と涙が零れた。頬を伝うそれが、雨漏りを引き起こしているんだろうか。冷たい風に晒されて、途中で油が混ざるのか、心に降る液体は黒く変色している。ぬるりとしているくせに浸透力は抜群で、私の心はゆっくりと澱んでいく。
そんな時は決まって引き出しを開け、占い師からもらったお守りを見つめるのだった。
私が持ち上げると、真っ赤な薔薇の刻印が施されたガラス瓶の中で、透明な液体がゆらゆらと踊る。薔薇を通して見れば、中身は血にそっくりだ。
――そんなに悩むくらい彼のことを愛しているってことでしょう?何かあったら、これを見て今日のことを思い出して。いざと言う時には力になってくれるはずだから。
彼女の言葉が蘇る。そう。夫の命は、私の手の中にある。一日、一滴垂らすだけでいい。皇輝を失ってもいいの?嫌だって思えるうちは大丈夫。助けはいらない。今は、まだ――
私が微笑んで胸を撫で下ろし、引き出しをそっと閉じた頃、皇輝は自分のデスクの引き出しの中を切なげに見つめていた。頼んだ覚えがないのに、必要以上に大きな箱で職場に届いた宅配の中身がそこにはあった。
何度も処分しようとしたけれど何故かできないでいることも、優しい彼の瞳に美しい薔薇と液体が映っていることも、私は知らない。
天気も予報も関係ない。気持ち一つで、いつだってお互いの人生の選択日和になりうるのだから。
(了)
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