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「あーあ…染まっちゃった……お気に入りだったのに…」
私は洗濯機を覗き込み、ため息をついた。新雪のようだった顔色が今や、乗り物酔いをしたかのように青白い。
でも実際は、気分が悪いのは私で彼女――ブラウスではない。彼女と私の顔色を変えた犯人の検討は、おおよそつく。
「ちょっとーー!この前あったライブのタオル、色落ちするかもだから洗濯する時は教えてねって言ったのに!」
私が声を張り上げると向こうの方から、ゆったりした声が返ってきた。
「ごめーん。タオル、普段は無意識に入れてるから言いそびれたー」
危機感の薄い様子に耐えかねて、ブラウスを持ったまま足をズンズンとリビングへ向け「見てよこれ!」と叫ぶと、夫の皇輝は朝食のトーストを齧っていた。私は唖然とする。さっき、一緒に食べようねって言ったばかりなのに。
「でもさ。ある意味、夕実の推し色になったんじゃない?」
彼は軽い調子でそう言った後、私の表情を見て「美味しそうで我慢できなかった。お先」と付け加えた。
確かに私の好きな二次元アイドルのイメージカラーは水色だけど、そういう問題じゃない。
外は雲ひとつない晴天で、インディゴ色のタオルとも青白いブラウスとも、他の洗濯物とも相性は良さそうだけれど、それとは反対に家の中の雲行きは怪しかった。
当然、悪気のない皇輝は気づいていなかっただろう。でも今思えば、もしかしたら、あの時すでに私の心の中の雨漏りは始まっていたのかもしれない。
どこかの隙間から少しずつ伝う雫は、最初はとても静かで、誰だって気づき辛いもの。
(皇輝がその白似合う可愛いって言ってくれたのが嬉しくて買ったのに…覚えてないの…?)
私は複雑な気持ちで皇輝の向かいに座った。
「あのねぇ!移った色落とすの結構手間なんだよ!?雨だって言ってたから乾燥までしたのに……天気予報の嘘つき。めちゃくちゃ洗濯日和じゃん……」
私の小言に対して、皇輝は二枚目のトーストに手を伸ばしながら、お得意のスルースキルを発動させつつも
「天気予報なんて、そんなもんだよ」
そう返してくるから会話が成立してしまう。聞いていないようで、聞いている。彼のそういう部分に後から気づいて、いつの間にか惹かれていた。最初に告白された時は、何とも思っていなかったのに。
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