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緑のミニカー
***
「楓おいで。楓にお兄ちゃんができるのよ」
昨年の春。桜の花びらが舞う公園でママがそう言った。ぼくはクリスマスよりすごいプレゼントがもらえると思った。
お兄ちゃんはカードゲームは好きかな。ピーマンは食べられるのかな。おやつを二人で分けたりするのかな。一緒のお布団で眠ったりするのかな。ぼくの胸はドキドキが止まらない。
「ほら、お兄ちゃんの留佳くんよ」
目の前に壁みたいにドーンと立ったのは、全身真っ黒な服と、きらきらの金髪頭。第一印象、こわい。
ぼくが目玉を落としそうになっていたから、ママはもう一度あなたのお兄ちゃんよとダメ押しをした。
新しいパパは優しかった。公園にも連れて行ってくれたし、一年生になるぼくにランドセルを買ってくれた。
新しいお兄ちゃんはやっぱりこわい。殆ど家に帰らないし、笑わない。タバコ臭いし、パパとケンカばかり。家族でお出かけする時も兄ちゃんは一緒には行かない。仕事だって言ってたけど、孔雀みたいな女の人と車に乗ってた。
「なに?お前今日誕生日なの?」
朝からパパとママにプレゼントをもらってはしゃぐぼくに、兄ちゃんが言った。
珍しく話しかけられたことに戸惑い、ぷいと顔を背けて逃げる。そしたらその日の夜、兄ちゃんに部屋に呼び出された。正直怖くてたまらなかったけれど、差し出されたのはプラスチックのミニカーだった。
「楓の。やる」
初めて名前を呼ばれてぽかんとする。でも兄ちゃんの「楓」は、不思議と特別に聞こえた気がした。
おずおずと受け取ったミニカーは緑色で、とっても素敵で。
「あの…」
「もうないぞ。部屋戻れ」
やっぱり兄ちゃんはそっけなかったけれど、この時だけはどうしてか分かったんだ。あれはきっと、照れているんだって。
ねぇ、簡単でしょ。それからぼくは兄ちゃんのことが大好きになっちゃったんだから。
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