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3
携帯ショップのやけに明るい店内でわたしは立ちつくした。
種類が多すぎて、いったい、なにをどう選べばいいのか、わからないのだ。
母は、自分には関係ないとばかりに篠田のお母さんとソファーに陣取ると、世間話を始めた。母はまだ、携帯電話を持つつもりはないらしい。
気を取り直し、もう一度、フロア一杯にディスプレイされた携帯電話に視線を移した。わたしのようなビギナーには、選択肢が多いっていうのも、ある意味不親切だ。
「デザインとか、機能とか、こんなのが欲しいとかあるの」
救世主篠田の声が、頭上から降ってきた。
「そう、言われましてもねぇ」
さっぱりでごんす、ってゼスチャーをしてみせる。
わたしの姿に篠田は少しだけ笑うと「どんなことができればいいの?」と、聞いてきた。
おう、それなら簡単。
「電話と、あと、写真を撮ることができればいいかなぁ」
「メールもするだろう?」
「メール、ねぇ」
パソコンのキーボードに慣れきってしまった指にとって、携帯のボタンはやけに小さく頼りなく感じられてしまう。
「必要だと思うぞ。これから個人同士の連絡手段は、携帯のメールになるだろうから」
「やっぱりそうだよね。パソコンじゃ、もう無理があるか。でもさ、いちいちこのボタンを指で押すって、嫌じゃない」
ディスプレイされた携帯を指す。
「そういったことにも、慣れるしかないんだろうな」
男子なんて女子よりも指が大きいのだから、なおさら大変だろう。
「そうよね。ってことで、さて、どれにしようかな」
ずらりと並ぶ携帯を前に唸る。
それぞれの下には説明はあったが、それの意味するところがわからずに、目が滑ってしまうのだ。
「特に希望の機種がないのなら、俺と同じやつにするか? その方が、こっちとしても説明するのが楽だし」
そう言って篠田は、目の前にあったスカイブルーの携帯を手に取った。
「あぁ、これね。うん、いいね。色も好き」
「いや、色は別にこれに拘らなくても。俺はこの色にするけど、他にもあると思うぞ」
篠田は携帯をわたしに渡すと、下の棚にあったパンフレットを取り、捲った。
その中には、ピンクや赤といった、いかにも女の子が好みそうな色もあったけれど、わたしはやっぱりこのスカイブルーが一番いいと思った。
「この色にする。でも、篠田が困るなら変えるけど」
「いや、それはない。ほんなら、親を呼びますか」
篠田が手を上げると、母親たちは話し足りない顔をしながらも、腰を上げた。
そのあと四人で蕎麦を食べた。
篠田は蕎麦だけでなく、天丼も食べていた。
そして、わたしはそのまま、久しぶりの篠田家にお邪魔したのだ。
一階の畳の部屋に携帯と説明書を広げながら、わたしは使用に関するレクチャーを篠田から受けた。
携帯ショップでも、二人揃って受けたわけだから、いわば復習になる。
学校の授業同様に、あの場ではわかったような気になっていたけど、いざ自分で操作しようとすると、わたしは説明されたことを綺麗さっぱり忘れていた。
当然、篠田はそんなことはなく、わたしは改めて篠田を指名した母を偉いと思った。
もし、わたしだけだったら、途方に暮れまくるところだったからだ。
メールアドレスなんて、買った時点ではかなりアンニュイな数字とアルファベットの羅列なのだ。
それを、篠田と一緒に、自分が覚えやすいものへと設定しなおした。
写真の機能を使おうと、篠田のお母さんが出してくれたいちごのショートケーキを撮った。
篠田が、それを俺の携帯にメールで送ってみて、と言ったので汗をかきながらも操作した。
送ったメールの返事を、篠田はものの二秒で返してきた。
途中、篠田の弟君二人が乱入し、珍しそうに携帯をいじり騒ぎだした。しばらく辛抱していた篠田だったが、いつまで経っても大人しくならない彼らに怒り、部屋から追い出した。
「しつけってやつね。篠田って、やっぱりお兄ちゃんなんだね」
「いや、そんな立派な理由で怒ったわけじゃないけど」
それなら、どういったわけなんだろう。ちらりとそう思いはしたものの、手の中の携帯を思えばそんな話をしている場合じゃないことはわかった。
不安なことを聞き、使い方の一通りをこなし、篠田のおかげで晴れて携帯マスターとなったわたしは、足取りも軽やかに自宅へと戻ったのである。
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