2.金色の乙女

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2.金色の乙女

「あれ、ねぇ」  村人たちの言う〝あれ〟とは豊饒を祈念して行われる生贄の儀式のことだ。豊穣の女神に村の娘を差し出すと翌年は必ず豊作になるという。生贄にされる娘は十四歳から十八歳になる女性の中から〝神の手〟によって選ばれる。まぁ実際のところは単なる籤引きだ。不思議なことに村の有力者の娘なんかは絶対に選ばれないらしい。とんだ神の手もあったものだ。選ばれた娘は今生での生を終え、〝金色(こんじき)の乙女〟として女神に仕えるのだという。 「そんなことあるはずないだろ。俺に言わせりゃ死んだ娘はただの死に損だね」  こんなんだからこの村はいつまでたっても貧乏臭いままなんだ、そう思いつつぶらぶら歩いていると男数人が大声で叫びながらこちらにやってきた。 「神の手による選択が行われる! 村人は皆広場に集まれ!」 「娘たちは既に集められた、皆急ぐんだ」  驚くことに今から神の手による選択が行われるのだという。 「ちっ、親父のやつどうして何も言わなかったんだよ。それにしてもとんでもねぇ日に帰ってきちまった」  そういえば出掛けに何か言いたげだったがこのことだったのか。騒ぎ立てる男連中の後をついて広場に向かうとそこには村の娘たちが集められていた。ほとんどの少女が真っ青な顔でガクガク震えており、中には泣き出してしまう娘もいる。中央に村長である父親の姿が見えた。 「さぁ、今から名誉ある〝金色の乙女〟を選ぶ! 選ばれた者には女神様に仕える栄誉が与えられるのだ!」  貧相な父が精一杯の威厳を込め宣言する。茶番だ。くだらない。震える手で籤を引く娘たちをぼんやり見ていた俺は思わず「あっ!」と叫び声をあげた。恋人のエリスがいたからだ。そうか、考えてみれば彼女は今年十八歳。おいおい頼むからハズレ引くなよ、と心の中で祈る。せっかく手に入れた恋人なのに。だが無情にも選ばれたのはエリスだった。 「おい、エリス!」  俺の呼びかけに答えることもなく彼女は至極冷静な様子で自分の引いた籤を眺めている。 「さぁ、エリス殿。こちらへ」  これから儀式当日まで彼女は神の使いになる者として遇され、〝清めの部屋〟と呼ばれる場所で過ごす。とはいえ部屋に鍵がついているわけでもなく特に拘束されることもない。俺はその日の夜エリスを丘の上に呼び出した。 「一緒に逃げるぞ」  もう村のことなんざどうでもいい。家から金を持ち出して街で暮らせばいい。だがエリスは喜んで抱きついてくるでもなく無表情なままぼんやり星空を見上げている。面倒になった俺は「絶対来るんだぞ。あと、このことはもちろん誰にも秘密だからな」と言い捨てその場を後にした。生贄に選ばれた娘は逃げようと思えばいつでも逃げられる。だが、今まで選ばれた者が逃げたことはないという。生贄として娘を差し出した家族には尊敬の眼差しが向けられるが、もしその娘が逃げだせば……。残された家族のことを思い選ばれた娘は逃げ出すことができないのだという。だが俺には理解できない。家族のことなど知ったことではないじゃないか。儀式前夜、俺は丘に登り彼女を待った。だが……彼女は来なかった。
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