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11月12日
「それは...」
マネキンが身につけたレースを、指で掬う。
着ろ、と言われたら、着られる、と思う。サイズに問題はないし、ワンピースだからデザイナー本人(男性)よりは着こなせる自信がある。
「どう?オチョコに似合うと思うんだけど」
「ほんとにそう思います?」
「え?」
ミシミシと、体の奥が音を立てて軋んでいる。
本気なわけ、ないじゃない。手っ取り早くモデルを調達したかっただけよ。
飲み会サークルの先輩と後輩、雇用主と従業員。私達の間には、「気軽にこき使える」間柄がこれでもかと横たわっている。
「私に」
「似合うと思うよ。似合ってもらわなきゃ困る。好きでしょ、こういうシルエット」
楽に着られる、Aラインのワンピース。好きですよ。でもそれは。
やめてくれと叫んでしまいたかった。私は、私は。
「近々、ブランドのアプリを立ち上げる話、あるでしょ」
「ええ。責任者、私ですから」
思ったより鋭い返しになってしまった。嫌だ。
謝るのも違う気がして、視線を床に落とした。
「そのメインモデル、オチョコにおねがいしたくて」
「正気ですか」
「うん、正気」
小さいブランドだから、なんせ資金繰りが厳しいのだという。とはいえ、モデルは客の購買意欲に直結するアイコンだ。やはり、アプリ開発は早すぎたのではないか。
社会人としての脳は、まだ冷静なようだ。
「でも、仮に資金が余っててもオチョコに頼むだろうね」
「え?」
「音子のこと考えながら、デザインしてるから」
まあ、なんてラブロマンス。王子さま然とした彼に囁かれれば、どんな乙女でも白旗を揚げるだろう。
でも、私は違う。
「普通の女の子?」
自らの足で、踏みつぶす。
「...うん、そう」
彼の隣を歩きたかった。初恋だった。こっぴどくフラれた。
でも、斜め後ろあたりを歩ける後輩になれた。これは、私自身の努力。
だから、譲らない。
心の隅で両膝を抱える女の子を、立ち上がらせる。
「もう、どうなっても知りませんからね」
痛い痛いと呻く声を、聞こえないふりした。
洋服の日
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