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11月13日
間近に聞こえる、空気を裂く音。でたらめに振り続けていると、そのうち全てを振り払えるのではないか。
振り払う?何を?
「鳶島くんって、私のこと、好きなの?」
振り払うどころか、しっかり拾い上げてしまったのに。
「はあ?」
どうした急に。そもそも、どこで名前。
バットを振る手を止めて、声の主を確認する。
寒ないんか。髪は湿ったままで、パジャマに1枚長いのを羽織っただけ。鉄製の外階段に腰掛けた足下は、靴下とサンダルだけだ。
何かあったんか。腰を下ろすなり缶ビールを開けて、チーかまのビニルを食いちぎった。やることは男前じゃが、歯には悪いぞ。
心拍数を鎮めようと、ぐだぐだと思考を飛ばす。そう、彼女は酔っている。
「ハンドクリーム、珍しいねって言われた」
「ああ」
帰郷したときに見繕った、土産のひとつだ。確実に使ってもらえる物、貰って困らない物を選んだつもりだ。どうやら、狙いは間違っていなかったらしい。
「贈った人は、私のことよく見てるんだねって言ってて」
「んなもん、別に」
好みなんて、何ひとつ知らないのだ。だから、消耗品しか準備しなかった。
「父さんの部下だって言ったら、その人きっと花尾さんのこと好きなんだよって言われて」
そうか。工場の人間なら、作業着に印字された苗字が読めるのか。
いや、今はそこじゃない。
「それ、この前会ったっちゅう男か」
沈黙は、肯定とみなす。何が仕事の人間で、お友達なのか。
「で?」
「俺はあかりさんのことが好きだよって」
ガツンと頭に衝撃が響いた。名前を知れたからじゃない。もっと違う仕方で、自己紹介をしたかった。
ああ、ショックなんか。 何が?
見知らぬ相手に、告白を先越された事か?自分の気持ちを言い当てられたことか?
くだらん。
今すぐにでも、何と答えたのかを問いたい。ただ横顔を見守るだけの時間は、苦しいだけだ。
「仕事にそんな感情を持ち込みたくないからって、断ったんだけど」
喉の通りがよくなった。息を吐き出す。あからさますぎて、笑える。
「なんや」
ここまでの話なら、告白を断っただけだ。寒空の下で晩酌をするほど、苛立つ話ではない。
まさか
「後悔しとるんか」
「はっ?」
呆けた顔。目元が光っているのも、気のせいだ。すぐ、顔が緩む。
よかった。
「かも」
「サイテーやな、お前」
残ったチーかまを奪い合える気力があるなら、大したことはないだろう。
「ビール取ってこようか?」
「ええわ。その代わり、2,3本持って帰る」
「ちょっと、なくなるんだけど!?」
チーかまの日
ほんとうは、鳶島くんが出世のために優しくしてくれるんだみたいに言われたのが、すごく悲しくて悔しくて、腹立たしかったの。
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