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11月14日
今の若者はなってない。俺達が若かった頃だって、上司はそう嘆いただろうさ。
でもきっと、今の俺達の方が何十倍もつらい思いをしているはずさ。何てったって、時代が違う。教えられたとおりにやってみろ。パワハラだのセクハラだの騒がれて、破滅するのは上司の方だぜ。
あーあ、やってらんねー。
思考世界から戻ってくると、仕事に追われる自分のデスクだ。これが現実。
繁忙期の上、産休に入った社員のカバーもあるので、今日も今日とて残業コースだ。
「あのう」
すまないねえ、独身で子育ての苦労を知らないものだから。
「どうした」
自覚するほど凄んだ声に、もちろん部下も身を縮めた。ちょっと待て。ここを確認したら、聞いてやるから。
「さっき妻から連絡があって」
言っちゃうんだ!まあ、待てなんて実際には言ってないけどね!見たらわかんないかなあ!?
しかも、嫌な予感がする!!
「子供が熱出たって、保育園から電話があったらしくて。その、妻は出張中なので」
きたーっ!!
両耳から出る煙。脳内でビルを揺する怪獣。全てを、唾と一緒に呑み込んだ。
「そうか。それは大変だな。今すぐ迎えに行ってやりなさい」
お前、どれほど仕事残ってる?
ペンが折れた音がしたが、俺ではないぞ。誰が代わりに働くことになるかは、よく考えておくんだな。
「でも、今は皆忙しいから、いちばん急ぎじゃない仕事だけ持ち帰ってくれないかな。子供が寝たときにでも、進めていてくれると助かるから」
「はっ、はいっ!」
思わぬ形で上積みされたタスクに、肩を落とした。退勤する部下の足取りが軽く見えるのが、腹立たしい。
お前、ちょっと溜め込みすぎじゃね?
「お疲れ様です」
「どうも」
差し出されたエナジードリンクを受け取る。若々しい手が、心強い。
「でも、あの人の奥さんって人事の」
そうか。この子は先程の男と同期だったか。
「やめなさい。家庭の事情かもしれないし、もう帰しちゃったから」
「ほんっと、『いい上司』ですよねえ」
バリッと飴を噛み砕く音がした。棘のある物言いに、反論する術はない。
元来の気の弱さを考えても、こんなポジション、いいことなんてない。
「それで?お手伝いできる仕事は、送っといてください?」
「マジで!?助かる!!いいの!?」
リストを指折り数える。
「その代わり!昼!焼肉定食!!」
「のった!!」
こういうメールだけ、やけに早いんですよねえ。
給湯室で堂々と悪口を言われても許せるのは、彼女だけだと思っている。
いい上司の日
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