11月16日

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11月16日

カラオケでマイクを向けられたら、顔を寄せて歌う。街角でインタビューをされるようなことがあれば、驚きながらも誇らしげに答えるだろう。 では、思いが通じ合ったばかりの女の子にボイスレコーダーを向けられたときは? 「誓って」 愛を、誓う。 目の前に突きつけられると、不祥事を起した政治家みたいだ。 「...浮気って、どこから」 好きになった彼女との落差が、激しい。たじろぎながらも、確認は取れた。 「付き合いもあるし、2人きりで会うななんて言わないよ。でも、自分から、そういう意志で会うようになったら、浮気でしょ」 「曖昧だなあ」 要はその程度のこと、と解釈する。 証拠というより、誠実さが求められている。そう思うと、彼女らしかった。 「いいよ。録音して」 恋人である間、サユリ以外の女性に恋愛感情を持つことはしません。 停止ボタンを押した彼女は、穏やかに微笑んでいた。 「なんだか、結婚式みたいだ」 「えっ!?」 頬を赤く染める様子が初心で、ついからかってしまった。多分、経験の浅さから不安だったのだろう。 初めて繋いだ手は、冬の温度をしていた。 ラメの爪が、再生ボタンを押した。このボイスレコーダーを見たのは、数年ぶりになる。 「恋人である間、サユリ以外の女性に恋愛感情を持つことはしません」 息づかいが緊張している。「レンアイカンジョウ」のイントネーションが可笑しくて、笑ってしまった。 「懐かしいな、それ。急にどうかした?」 そろそろ結婚とか、考えるのか。 「......」 返事はなかった。無言のまま、レコーダーのボタンを押している。 「でもこれ、一言しか入れてないだろ?高いのに、勿体なかったな」 ネクタイにやっていた視線を、再び彼女に向ける。 押したのは、再生ボタンだった。 「彼女さん、帰ってこないよね?」 「大丈夫。泊まり込みだって、今朝言ってたから」 「この前出張って言ってたし、忙しいんだね。ほったらかしのリクくん、かわいそう」 「ん?そんなことないよ?」 間もなく、嬌声が響く。レコーダーだけが、うるさい空間。 「勿体なくなんて、なかったでしょ」 録音文化の日
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