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11月18日
彼女の部屋で、ネクタイを見つけた。見覚えのある、ドット柄。
でもそれが、私の物であるはずがない。
軽々しく左手を挙げるこの男に、まず何を言ってやるべきか。いつも迷う。
でもいつも、決まってこれ。
「ほんと、サイッテー」
返しもお決まり。
「恋人がいながら、ほいほい他の人間と寝る方が最低でしょ」
考えるだけで腹立たしい。
「友達の恋人を寝取る方が最低よ」
忘れ物を入れた紙袋を突き出すと、もう片方の手にあるキャリーバッグを見て、「引っ越すの?」などと宣う。当然でしょ、別れたんだから。
「アンタが抱いた体とスるなんて無理」
「ヤバ。それはそれでコーフンする」
「ほんと、サイテーね」
人行き交う街中の喫煙所。お下品な会話も喧騒が誤魔化してくれるので、そこだけは安心。
「その最低男とお友達続けてるんだぜ、お前」
ぐうの音も出ない。悔しさの次にわき出てくるのは、なんでだろうだ。
なんでだろう。なんでだろう。
歌いきる前に、我に返った。隙を作っては、いけない。
立ち去ろうとするのを、止められた。キャリーバッグを握る左手を、掴まれたのだ。
「いい加減認めろって」
視線を落とすと、火を消したばかりの吸い殻が嗅覚を刺激した。
わかってる。目を合わせたら、負けだ。
「お前、俺のことが好きなんだよ」
ぞわぞわと背中を走る感覚も、掴まれた手首の熱さも、妙に泣きたくなる衝動も。
「ちがう!」
嫌悪じゃなければ、何なのか。
悲鳴を上げるように振り払えば、私は自由だ。
「ちがうからね」
誰に言い聞かせるでもなく呟いて、男に背を向けた。
きっとまた、私は可愛い女の子と恋をする。
新しい家に、またあの友人を呼んで自慢する。
そして、また。
わかってる。いちばん最低なのは、私だ。
いい家の日
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