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11月20日
朝の蛇口は、グラスになみなみと水を注ぐ。加減しながら使えば、じゅうぶんじょうろ代わりになる。
「おはよ。はやいね」
「うん」
こぼさないようキッチンから出てくると、パジャマ姿の彼女が目を擦っていた。
「どうしたの、それ」
「サボテンに、と思って」
2人で暮らし始めた記念に、ホームセンターで一鉢買ってきたのだ。
「いいよ、そんなにしなくても」
砂漠に生える植物だから、保水力が高いらしい。
「やりすぎると、根腐れしちゃうよ」
そうなのか。代わりに持たされた霧吹きを、軽く振ってみた。
カレンダーの予定は空白。この3時間でトーク画面を開けたのは、数度目。
『仕事、遅くなりそう?』
『夜、作っておこうか?』
『オムライスでいい?』
『お風呂入れようか?』
『入浴剤、新しいの開けてよかったんだよね?』
『大丈夫?事故ってない?』
まだ、どのメッセージにも既読が付いていない。
テーブルの上には、できたてのオムライス。風呂から上がってきたばかりの体は、バラの香りを纏っているかもしれない。
彼女好みの壁掛け時計は、8時になろうとしている。
もう一度見返しても、既読のサインはない。
残業じゃ、ないとしたら?
打っては消し、打っては消しを、繰り返した。
『それとも、他の男と会ってるの?』
スマホをケチャップに持ち替えて、形を描く。
真っ赤な、ハート型。
スプーンで食べ進めること5口目、ついに形が欠けた。
まだ、返信はない。
スマホに手を伸ばす。
せめて、読んではいてくれないか。
「やりすぎると、根腐れしちゃうよ」
毎日念入りに霧吹きをしていたサボテンは、つい先日、鉢ごと処分したばかりだった。
多肉植物の日
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