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11月21日
日暮れが早くなったなと感傷に浸りながら家路につくと、何やらもめ事が起きていた。
実家で父が営む工場では複数人の従業員を雇っているので、小さな諍いは絶えない。
「お嬢、お帰り」
「ただいま」
しかし今回は、言い争いというよりも
「社長に断られたら1人もんはアンタしかいないんだから、申し込んでもらわなきゃ困るの!」
「いやじゃ。ほっとけ、こんなもん!」
悲鳴に聞こえる。
「なにあれ」
「街コンじゃあ。商工会の若モンが、男集めてテレビに応募するらしいわ」
「で、番組ファンのキヨちゃんが張り切っとる」
どこからともなく、説明してくれる。
「なーる」
男やもめの父は断ったのか。実家に居座る娘に、変な気を遣っていなければいいけれど。
黙々と作業を進める父の表情は、帽子のつばが影になって、窺えない。
「ま、社長は奥様一筋なもんで、はじめっから計算外やったやろうけど?」
「へえ」
幼い頃から知っているベテラン従業員には、お見通しのようだ。居心地が悪くなって、視線を落とす。ハイヒールを履いて働くようになったって、私は赤ん坊の「お嬢」のままなのかもしれない。
「なに?相手でもいるって言うの!?」
「おらんけど」
「好きな人!?」
ずかずかとプライバシーを踏み荒らす光景は、私の会社だとアウトだ。
「...べつに」
急に歯切れが悪くなった。
へええ。
「いるんだ」
胸の内で合点したはずだったのに、口から出てしまった。会話の合間に滑り込んだ呟きは、コンクリート打ちの工場内によく響く。
「ごめん」
真っ赤な顔で睨まれてしまうと、さすがに笑えない。
「おい」
「ひっ」
長身の男性が目の前に立つのだ。驚くに決まっている。
「他の女とコンパしよる人間が、自分のこと好きと思うか」
「...いいえ」
息を吐く音に、また体が縮こまる。
「そういうことじゃ」
頭に手を置いたと思えば、ぐしゃぐしゃに撫でられた。整えていたひっつめ髪が、形を変えていく。
いいんですけどね。もう今日も終わりだし。犬みたいだなとは思うけれど。
「おー」という平坦な歓声と、まばらな拍手。2,3のぶ厚い手に背中を叩かれた。
それって?それって??
街コンの日
(道ならぬ恋をしている?人妻?学生?)
(なんでそーなる)
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