11月25日

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11月25日

紙の束から、添削済みの原稿用紙を取り出す。 「文はよく書けてるし、誤字も少ない。いい小論文だよ」 朱を入れたのは、ほんの少し。 「でも、問題のテーマとは論点が違うよね?」 次に取り出したのは、同じ課題だった。 「志望校の過去問だし、もう1回考えてみようか」 「...はい」 教壇から離れていく背中が伸びているのを確認して、ようやく肩の力を抜いた。 毎度、小論文の指導には苦戦している。 「もー、ムリ」 「やっぱ推薦って大変?」 「面接の練習も嫌だけど、何より小論」 「でも井野(いの)ちゃんでしょ?」 「アイツだからよ。授業はいいけど、何言いたいか全くわかんない。お前が書けば?って話」 「八つ当たりか」 「顔で教員試験受かったんじゃないの?」 「あー。でも、男好きって噂は聞いたことある。C組の川瀬(かわせ)に言い寄ってるって」 「えー、キモっ」 聞こえてる、聞こえてますよ。 背を向けた私に聞かせているとわかっていても、気になってしまう。川瀬先生なんて定年前のおじちゃんだし、授業の話しかしたことがない。 まっさらな黒板に、題字を書き出す。チャイムより早く教室に来るのは、準備のためなのだ。 「井野ちゃん、俺、受かりました」 「ほんと!おめでとう!」 サッカー部の(かがみ)くんだ。部活動推薦のエントリーシートと小論の指導をした。 「井野ちゃんのおかげっす」 「いやいや、鏡くんの頑張りよ」 「お前の学力で受かったんだから先生にちゃんとお礼言っとけって、監督が」 強面の監督先生が、脳裏に浮かぶ。律儀なあの人は、生徒指導も細やかだ。 「面接の先生にも、よろしくね」 「うす!」 あざっした、と大声で頭を下げられるのは、未だに慣れない。 あたふたする私を余所に、ずんずんと教室の奥に向かっていく。 「じゃま」 「ちょっと!」 女子の間を割り込むように歩いたのは、偶然かもしれない。 それでも、私の心を晴らすには十分だった。 先生ありがとうの日
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