11月29日

1/1
前へ
/30ページ
次へ

11月29日

目眩と吐き気。脳がずっと、振動している感覚。 呼び起こすのは、大音量の音楽か、派手なライトアップか。はたまた、その場しのぎで飲んでいたアルコールが回り始めたのか。 私を誘った友人は、光にも音にも動じることなく体をくねらせて躍っている。彼女以外、親しい顔は見当たらない。 来るんじゃなかった。適当に理由をつけて帰ろう。 「ダンスクラブ?遠慮しとくわ」 元から、答えは決まっていたのだ。 「そんなこと言わないで。貸し切りにするから、頭数が多い方が助かるのよ」 体の線を強調したニットワンピースを着こなす彼女と、シャツブラウスにセーターを重ね着して防寒対策バッチリの私。レポートの課題でペアにならなければ、挨拶をすることもなかっただろう。 「他当たって。バイト代が入る前で、そんな余裕ないの」 「私もピンチなんだけどぉ...そのクラブ、面白い話があるの」 「面白い話?」 食いつくんじゃなかった。赤い唇がにっこり口角を上げたのを見て、すぐに察した。 「午前0時ちょうどにキスをした男女は、結ばれる」 「...くだらない」 「切り替えも大事よ?いい人と出会えるかもしれない」 「どうだか」 ここまでしつこいということは、彼女がお熱の先輩も参加するのだろうか。援軍要員なら。 「坂口(さかぐち)くんはどうする?」 えっ。 素通りしようとしたスカジャンの龍が、黒い爪に捕まった。不機嫌そうに眉を寄せて、ヘッドホンを外す。 「いく」 たった2文字。その破壊力はバツグンだった。 行くってことは、気になる子がいるってこと?? 「じゃあ、2名追加ね!」 ちゃっかり行く前提になっていることに抗議する余裕なんて、なかった。 だって、坂口くんが。 誰かとキスしたいの?気になるけど、知りたくない。 学生行き交う構内でひとり、葛藤していた。 よろよろと会場を出ると、緊張が解けたのか体の力が抜けてしまった。 壁を使って座り込むと、これ以上動けなかった。 すぐ隣は大音量のパーティーナイトだというのに、この静けさだ。安心する。 結局、人が多すぎて坂口くんを見つけられなかった。よかったのかもしれない。決定的瞬間を見ずに済んで。 「おい」 低い声に顔を上げると、ヘッドホンを首に掛けた男の人がいた。赤と黒のスカジャンを羽織っているだけで、坂口くんに見えてしまう。 「大丈夫か」 カウントダウンが聞こえる、気がする。今から戻ったところで、午前0時のキスには間に合わないか。 ここまで考えて、頷いた。 「うん」 性格悪かったんだな、私。 強くなるシトラスの香りに、目を閉じた。 「嘘つけ」 ダンスの日
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加