3人が本棚に入れています
本棚に追加
11月29日
目眩と吐き気。脳がずっと、振動している感覚。
呼び起こすのは、大音量の音楽か、派手なライトアップか。はたまた、その場しのぎで飲んでいたアルコールが回り始めたのか。
私を誘った友人は、光にも音にも動じることなく体をくねらせて躍っている。彼女以外、親しい顔は見当たらない。
来るんじゃなかった。適当に理由をつけて帰ろう。
「ダンスクラブ?遠慮しとくわ」
元から、答えは決まっていたのだ。
「そんなこと言わないで。貸し切りにするから、頭数が多い方が助かるのよ」
体の線を強調したニットワンピースを着こなす彼女と、シャツブラウスにセーターを重ね着して防寒対策バッチリの私。レポートの課題でペアにならなければ、挨拶をすることもなかっただろう。
「他当たって。バイト代が入る前で、そんな余裕ないの」
「私もピンチなんだけどぉ...そのクラブ、面白い話があるの」
「面白い話?」
食いつくんじゃなかった。赤い唇がにっこり口角を上げたのを見て、すぐに察した。
「午前0時ちょうどにキスをした男女は、結ばれる」
「...くだらない」
「切り替えも大事よ?いい人と出会えるかもしれない」
「どうだか」
ここまでしつこいということは、彼女がお熱の先輩も参加するのだろうか。援軍要員なら。
「坂口くんはどうする?」
えっ。
素通りしようとしたスカジャンの龍が、黒い爪に捕まった。不機嫌そうに眉を寄せて、ヘッドホンを外す。
「いく」
たった2文字。その破壊力はバツグンだった。
行くってことは、気になる子がいるってこと??
「じゃあ、2名追加ね!」
ちゃっかり行く前提になっていることに抗議する余裕なんて、なかった。
だって、坂口くんが。
誰かとキスしたいの?気になるけど、知りたくない。
学生行き交う構内でひとり、葛藤していた。
よろよろと会場を出ると、緊張が解けたのか体の力が抜けてしまった。
壁を使って座り込むと、これ以上動けなかった。
すぐ隣は大音量のパーティーナイトだというのに、この静けさだ。安心する。
結局、人が多すぎて坂口くんを見つけられなかった。よかったのかもしれない。決定的瞬間を見ずに済んで。
「おい」
低い声に顔を上げると、ヘッドホンを首に掛けた男の人がいた。赤と黒のスカジャンを羽織っているだけで、坂口くんに見えてしまう。
「大丈夫か」
カウントダウンが聞こえる、気がする。今から戻ったところで、午前0時のキスには間に合わないか。
ここまで考えて、頷いた。
「うん」
性格悪かったんだな、私。
強くなるシトラスの香りに、目を閉じた。
「嘘つけ」
ダンスの日
最初のコメントを投稿しよう!