11月5日

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11月5日

密集。夜の街は華やかだが、酒臭い。どこの誰から臭っているかわからないほどに、赤ら顔が多すぎる。かくいう自分も、酒が入っている。 「ありがと」 「ほいほい」 女性のカバンはデザイン的に大きいが、特別重いわけではない。1番重いのはパソコンなので、男と大差ない。 なお、個人差あり。脳内で注釈をつける程には、浮かれている。 「いや、上着は着とけや」 「暑いから大丈夫」 「そんなん、気のせいやって」 ...などという、レジ前の会話を掘り起こす気にもならない程に。 信号を待つ集団を、冬の温度をした風が撫でて遊ぶ。コート1枚羽織ったくらいで、しのげる寒さではない。 隣に立つ横顔は、広告のLEDライトを受けて青白くなっている。物静かなのは、元からだ。 ちょっとお酒を入れて好きなものを話せば、ノリのいいお姉さんになるだけ。 同じ趣味を持った自分だけが知っている、同僚の顔。 「何かついてる?」 「いいや」 応援しているチームが違うから喧嘩腰になることもあるが、互いに大人なので、そんな時間も心地いい。 それってさあ。 顔を上げると、街明りが眩しい。吐く息が白い。群衆の中で顔を上げて口を開けるなんて、魚みたいだ。 信号が青になる。信号が見えたわけではない。前の人が歩き始めたのだ。 気付くのにコンマ数秒遅れてしまったので、後ろの人から押し出される形で1歩を踏み出した。つんのめってバランスを崩す様子を、見られてしまった。2歩先を行く肩が、小刻みに震えている。 「笑うな」 肩から提げたカバンを掴むと、「ダッサ」と白い息が吐かれた。 「うっさいなー」 「ボーッとしてるから」 お前もな。 おじさんとぶつかりそうになるのを、掴んだままのカバンを引き寄せて回避する。2,3步足踏みをしたが、気にする様子はなかった。酔っているせいかもしれない。 もうすぐ、分かれ道。カバンを掴んだままの手を気にするように、目が動く。 「送るわ」 「いいよ。すぐだから」 俯いていて、表情がわからない。それでも声は低く、落ち込んでいる。笑ったり傷ついたり、忙しいやつだ。 「行くぞ」 「ちょっと!」 なんで逃げるん。友達を押しつけてくるん。 神様やなくても、わかるはずやろ。 俺が好きなんは――― 縁結びの日
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