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11月7日
女の子でも呼ぼうか、という話になった。
「式の前日やぞ。カンベンしてくれ」
ホテルの一室。男4人。独身最後だからと義父が用意してくれたのは、街を見下ろすスイートだった。
ぐらぐらと足下が揺らぐのは、このままいけば自分の物になる自信があるからだ。スタートからヘマをして台無しなんて、笑えない。
「3人にすればエエ。俺らの相手がおれば」
「せやな!」
2人はスマホを覗き込んで、連絡先を繰っている。
「おい、勝手なこと言うな」
無責任な提案者は、タバコをふかすばかりで関心を示さない。
「ビビっとんのか」
「はあ?」
長さを残したタバコが、灰皿に押しつけられて役目を終える。夜景を顎でしゃくられた。
手に入れかけている、地位と財産を失うのが。そのリスクを取るのが、か。
「俺がここまで来るんにどんだけ苦労したんか、知らんくせに」
学生時代のヤンチャを誤魔化し、良家の婿に相応しい爽やかさを身につけた。言うのは簡単だが、今でもボロが出そうになる。
現に
「それをお前、こんなアタマで来やがって!」
古い友人の中でも、真面目に働いている人間だけを呼んだつもりだった。しかし東京の会社員だという彼は、学生時代の独特なヘアスタイルで登場した。顔を引きつらせた家族への言い訳が面倒だった。
「何が技能試験じゃ、職人じゃ。ふざけんな!」
こちらは地方でも、名主の家だ。ほぼ婿養子だから、相手の腹ひとつで決まってしまう。
「友達のこと思うんやったら」
「思とるから来たんじゃろ?それともナニか?寂しかったら奥さんでも呼べや」
衝動的に胸ぐらを掴む。しかし、相手の表情は動かない。
それが余計、腹立たしい。
「やっとるやっとる」
昔からそうだった。連れだって遊んだが、妙に気が合わない。いつもキレるのは自分で、こいつはただ受け流すだけ。
「3人、呼んだからなー」
懐かしい光景に、誰も何も言わない。
突き放すと、伸びたシャツの首元を気にしていた。
こんなやつ、呼ばなきゃよかった。
「じゃあ俺、寝るわ」
「はあ?」
「女の子呼んだのにー?」
はばかりもなく大口を開けて、欠伸をした。
「ふだん朝早えから、こんな時間まで起きてないんよ。明日寝過ごすんと、どっちがええ」
「どっちが、て」
両親と顔を合わせてしまっている以上、寝坊なんて笑えない。
「お子ちゃまはココアでも飲んで寝とけや」
「そーする」
今度は無邪気に笑って、部屋を後にした。
どこか、懐かしい気がする。
「そういやあいつ、酒とタバコはノリよかったけど、女はそうでもなかったよな」
「え、でも3人、俺達、て...」
「ええわ、もう」
口の中に広がる甘さは、お子ちゃまの味。
ココアの日
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