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手の豆がつぶれて、じんじんと痛む両手。
握りこぶしを作ろうにも小刻みに震えてできない。
「す…っっ、はぁぁぁ…」
上手く息も吸えやしない。それでも必死に頭を働かせて冷静になる。
(まただ…。俺の手はいつまで耐えられるんだ。
手の豆がつぶれる今はまだよくても、これが続くなら…俺の手は?
ヤンキーたちを撲殺する以外の選択肢が出来ないのはなんでなんだ?)
スポーツバッグからジャージの上着を取り出して、ベンチに寝かせた妹にかけてやる。
「寒い風が吹くようになってきたからな。とりあえずそれで堪えてくれ」
返事をしない妹の頭を手の甲で触れるか触れないかぐらいで撫でる。
(妹も同じように繰り返しているのだろうか。
こんなつらい思いを何度も何度もさせたくない。)
妹をそのままにして、俺は公園を出る。
通りがかりのOLらしき女性に声をかける。
(あなたは俺の声かけに応えてくれるのを知っている。
…それもいつまで?繰り返す中で、応えてくれなくなったらどうしよう。
そうなったら、妹を置いて交番に行けない。)
「すみません」
「はい?」
女性は歩きスマホをやめて顔を上げる。
「公園のベンチに女の子がいるんですけど、その子のために救急車を呼んでもらえますか?」
救急車という単語を聞いて、えっ?!と驚いた顔をした後女性は俺の容姿をじろりと見た。
女性は怪訝な顔に変わり、数歩後ろに下がって俺から離れた。俺の服には返り血がついているからだ。
「あたし、怖いのは嫌なんですけど、あなたが何か悪さしたんですか?」
「…俺は、交番に行かないといけないんです。…女の子をよろしくお願いします。」
深々と頭を下げた。
(すみません…。あなたも繰り返しの中に巻き込まれているなら上げる頭がない。)
女性はそわそわして、何か言いあぐねているような息遣いをした後、小走りに公園へ入っていった。
—— 妹をお願いします ——
そう言えなかった。言っちゃいけないと思った。
(殺人犯の妹なんてレッテルを負わせちゃいけない)
あまり多くの人に見られたくなくて、交番へ走って向かった。
公園からは10分とかからないだろうに、俺は急がないとと焦った。
公園から交番に来るだけで、辺りが一気に暗くなった。
わずかに出ていた夕日が完全に沈んで夜が来たことを悟った。
明かりのついた交番の中へ入る。
「すみません。」
入ってすぐ、お巡りさんは椅子から慌ただしく音をたてて立ち上がった。中肉中背の目がキリっとしているお巡りさんだ。
(東江さん、あなたは名乗ったり名乗らなかったりしてますけど、今回はどっちですか?)
「君!その恰好はどうした?」
「…自首しに来ました」
お巡りさんは俺に近づいて、「危ない物持ってないかチェックさせてね」と所持品検査をした。
いつもはテレビ越しに見ていた光景を今、自分が経験している。
(何度経験すればいいんだ)
ひと通りチェックし終わったお巡りさんは俺を椅子に座らせて、机を挟んだ向こう側の椅子に座った。
「話を聞こう」
「…俺、ぇ…と名前は原田灯章と言います。漢字は…これ見てくれたらいいです。」
学生証を机に出した。カラオケの学割なんかで割と使うからすぐに取り出せる。
(学割なんか嘘だ。繰り返すうちにズボンのポケットに入れてスムーズに進むようにしているだけ。)
「えーっと、下の名前の読みは<ともあき>で合ってるかな?【開南高等学校 原田灯章】君」
「はい、合ってます。」
お巡りさんは、何かの書類にサラサラと書いていく。
俺をチラリと見てきた。こちらを気にせずどんどん喋れということかな。
「部活帰りにいつも小休憩をとる公園に行ったんです。夕方だから、小さい子たちは帰って誰もいないのがいつもだったんです。今日はいつも通りじゃなかった。」
夏は棒アイスを食べて小休憩。冬はコンポタの缶を飲んで小休憩。
春秋は飲み物かコンビニのから揚げなんかを買って小休憩。
四季それぞれの俺なりの小休憩を思い浮かべるのをやめて、本題に入る。
「妹が4、5人のヤンキーに絡まれているのに出くわしまして。妹は俺より2つ年下の中学3年生なんですけど、発育がいいせいでヤンキーたちにいやらしい目で見られていて…。」
(本当はもう…繰り返し過ぎてヤンキーたちが何人いたかなんて思い出せないんだ。たぶん4、5人だったはずなんだ。
繰り返す中、俺は頭数を数えるのはやめたんだ。気が狂う。助けて)
「それで君はどうしたんだい?」
「羽交い絞めされて服を脱がされそうになってた妹を助けたんです。俺、部活は野球してるんですけど…球じゃないのを打ってました。凶器はまだ、公園にあります。」
小さい頃からずっと続けてきて、頑張り続ける俺に親父がいつかに買ってくれた俺のバット。
(親父…頑丈すぎるぞ、バット。
血にまみれ過ぎて、もう…元々の色が思い出せないんだ。助けて助けて)
頭に血がのぼって、妹を守る一心でヤンキーたちを滅多打ちにした。
全員が地面に這いつくばった後も、少しでも動く奴にはバットを振り上げた。
「妹さんはどうしたんだい?」
(東江さん、今回は妹の名前聞かないんですね。あれ…?いつの繰り返しで妹の名前聞いてくれましたっけ??たすけてたすけてたすけて)
「妹は気絶してるみたいだったので、公園のベンチに寝かせてきました。ここに来る前、通りがかった女性に救急車を呼ぶようにお願いしました。」
俺が黙ると、書き連ねる音だけが響く時間が少しばかりあった。
「…東江さん、俺は多分ヤンキーたちを撲殺してしまっていると思います。服についてる血は全部、彼らの血です。」
「……灯章君、おじさんは君に名乗りはしていなかったと思うんだけど。どうして名前を知っているんだい?読み方まで合っているのに驚いているのだけれど、過去に君と知り合いになる様な事があったかな?」
沈黙
沈黙
沈黙
(沈黙)
(沈黙)
(沈黙)
(誰でもいい…。俺は他の手立てを選べない。自分ではどうにもできないんだ。
だからどうかやめてくれ。たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて
あぁ…、あなたも見ているだけで助けてくれないんだな。
残念だよ、「だからどうか(読むのを)やめてくれ」って言ったのに。
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